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観客のいない世界  作者: 亀


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第287章 封鎖線の内側

最初の異変は、旧市街の北側にある廃棄施設で起きた。


警報が鳴ったとき、現場にいた作業員たちは、設備の故障だと思った。


だが、出入口の隔壁が閉じた直後、施設内の照明が一斉に消えた。


非常灯だけが残る薄暗い通路で、監視端末の画面が次々と切り替わった。


表示されていたのは、施設の見取り図だった。


その上に、赤い線が引かれていく。


通路を塞ぐように伸びた線は、最後に中央の保管区画を囲んだ。


「全員、入口から離れろ!」


現場責任者の声が響いた。


直後、奥の通路から金属が擦れる音が聞こえた。


何かが動いている。


作業員の一人が隔壁の操作盤へ走ったが、扉は反応しなかった。手動解除のレバーも、途中で固定されている。


「外部に連絡しろ。ここから出られない」


しかし、通信端末には応答がなかった。


施設の外では、異常を知らせる信号が管理区画へ送られていた。


その情報を受け取った運営側は、通常の設備障害とは異なることに気づいた。


隔壁の閉鎖命令は、施設の保守系統から発せられたものではない。


しかも、外部からの接続記録には、実行者を特定できる情報が残っていなかった。


女性運営責任者は、送られてきた映像を確認した。


画面の隅に、保管区画の扉が映っている。


扉の前には、作業用の防護服を着た人影が立っていた。


その人物は操作盤に触れず、数秒間だけ扉を見つめたあと、通路の奥へ消えた。


「現地の人員を退避させてください。封鎖解除より先に、安全な退路を確保します」


彼女は担当部署へ指示を出した。


「それと、保管区画の中に何があるのか、確認できていますか」


「現在の登録情報では、廃棄予定の設備部材です。ただし、現地の保管一覧と管理側の登録内容が一致していません」


女性運営責任者は、画面を見たまま答えた。


「一致していないことと、今回の封鎖が関係していることは、まだ別の問題です。両方を調べてください」


そのころ、主人公の端末にも短い通知が届いていた。


送り主は表示されていない。


『北側廃棄施設には近づくな。入口はすでに閉じられている』


主人公は文章を読み返した。


続けて、もう一通が届いた。


『中に残っている人間は、通常の救助手順では出られない』


それ以上の説明はなかった。


主人公は、すぐに現場へ向かおうとはしなかった。


施設の位置を確認し、手元にある情報と照合する。北側廃棄施設は、以前に調べた旧設備の保管区画とは別の場所だった。


ただし、同じ管理系統に属している。


偶然と決めつけるには、タイミングが悪かった。


彼は連絡先から直人を選び、受け取った通知を転送した。


『この施設について、何か知っているか』


返事はしばらく来なかった。


その間にも、施設の映像は更新されていた。


通路の奥に、人影が再び現れる。


今度は一人ではない。


先頭の人物が手を上げると、後ろにいた二人が左右へ分かれた。彼らは作業員を探しているようには見えなかった。


目指しているのは、保管区画だった。


主人公は映像を止めた。


三人の動きには迷いがない。施設の構造を知っているか、あらかじめ経路を確認していたのだろう。


やがて、直人から返信が届いた。


『施設そのものは知っている。だが、あそこは今、通常の作業員が自由に出入りできる場所じゃない。何が起きている?』


主人公は、届いた通知と映像の状況を簡潔に説明した。


返事はすぐに戻った。


『救援要請が出ているなら、俺からも確認する。ただし、お前は単独で入るな』


主人公は画面を見つめた。


今の右手では、以前と同じ動きはできない。相手が武装しているかどうかも分からず、施設内の隔壁がどのように制御されているのかも不明だった。


それでも、通知の送り主が何を知っているのかは気になった。


なぜ、封鎖が始まる前後の状況を知っていたのか。


そして、なぜ自分に知らせてきたのか。


主人公は返信を打たず、映像の最後の場面をもう一度再生した。


三人目の人物が通路へ入る直前、壁面の表示灯が一瞬だけ点滅している。


その色は、通常の保守作業を示すものとは異なっていた。


主人公はその瞬間を記録し、直人へ送った。


数分後、施設の管理画面に新しい警告が表示された。


保管区画の扉が、内側から開き始めていた。

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