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観客のいない世界  作者: 亀


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第285章 面談の日

面談は、二日後の午前十時に設定された。


主人公は、約束の時間より少し早く、運送会社の事務所に着いた。


建物は商店街から離れた小さな倉庫の隣にあり、入口には配送業務と短期作業員募集の案内が貼られていた。


受付に名前を伝えると、担当者が出てきた。


「お待たせしました。こちらへどうぞ」


通された部屋には、机と椅子が四脚、壁際に書類棚が置かれていた。窓の向こうでは、作業員が台車を押している。


担当者は、募集内容を印刷した紙を机に置いた。


「電話で、右手がまだ回復途中だと伺いました。今日は、実際の仕事内容を見ていただいて、できそうな作業があるか相談できればと思っています」


主人公は、うなずいた。


「ありがとうございます。自分でも、どこまでできるか確認してから判断したいと思っています」


担当者は、勤務時間と作業内容を説明した。


募集しているのは、午前中の荷物の仕分けと伝票の確認だった。荷物の重量は一定ではなく、台車に載せる作業もある。繁忙時には、ほかの作業員の補助に入ることも想定されていた。


「重い荷物を持ち上げる作業については、どの程度ありますか」


主人公が尋ねると、担当者は少し考えた。


「荷物の種類によります。基本的には二人で扱うものもありますが、現場の状況によっては、持ち替えや積み直しが発生します」


「右手に負担がかかる動作を避ける必要がある場合、作業を限定することはできますか」


「完全に限定できるかは、現場を見てからでないと判断できません。ただ、伝票の確認や配送先ごとの仕分けなど、比較的負担の少ない仕事もあります」


担当者は、実際の作業場所を案内した。


倉庫の中では、数人の作業員が荷物を仕分けていた。


ある作業員は伝票を読み上げ、別の作業員が荷物を指定された区画へ移している。責任者は端末で配送先を確認し、変更があった荷物については、作業員に個別に伝えていた。


主人公は、作業の流れを観察した。


荷物を持ち上げる動作だけでなく、伝票を確認するために端末を操作する動作もある。右手をどの程度使う必要があるかは、担当する仕事によって違っていた。


担当者が尋ねた。


「この中で、できそうだと思う作業はありますか」


「伝票の確認と、軽い荷物の仕分けなら、できる可能性はあると思います。ただ、実際に続けられるかは、手の状態を見ながら判断したいです」


「分かりました。最初からすべての作業をお願いするつもりはありません。もし採用する場合は、担当できる作業を決めて、一定期間、様子を見たいと思っています」


主人公は、勤務条件についても確認した。


作業を限定する場合の賃金はどうなるのか。


体調に問題が出た場合、途中で作業を止められるのか。


短期雇用の期間が終わったあと、継続の可能性はあるのか。


担当者は、それぞれに回答した。


作業内容を限定した場合でも、募集時に提示した時給は変わらない。ただし、担当できる仕事が少なく、現場の配置に支障が出る場合には、雇用を継続できない可能性がある。


作業中に痛みが出た場合は、責任者に伝えて作業を中断できる。


短期雇用の終了後については、本人の状態と業務量を見て判断するという。


主人公は、説明を聞き終えてから、少し考えた。


「今日の時点では、できるかもしれない仕事はあります。ただ、採用していただけるなら、最初に担当する作業と、避けるべき動作を確認しておきたいです」


担当者は、すぐに返事をした。


「それは、こちらとしても必要だと思います。現場の責任者と相談して、対応できる範囲を整理します」


面談は、そこで終わった。


採用の可否は、後日連絡することになった。


主人公は礼を述べ、事務所を出た。


倉庫の外に出ると、日差しが強かった。


彼は、帰り道の途中でベンチに座り、右手の状態を確かめた。痛みは強くなっていない。


それでも、面談で見た作業を思い返すと、まだ無理に仕事を始めるべきではない動作がいくつかあった。


働きたいという気持ちと、今の自分にできることは、必ずしも一致しない。


彼は、その違いを、以前より落ち着いて考えられるようになっていた。


帰宅後、面談の結果を、いつもの相手に伝えた。


『今日、面談に行ってきた。伝票の確認や軽い荷物の仕分けなら、できる可能性があるみたい。ただ、採用されるかはまだ分からない』


返事は、しばらくして届いた。


『実際の作業を見てから判断できたのはよかったね。働けるかどうかを、気持ちだけで決めなくて済んだと思う』


主人公は、その文章を読んだ。


『うん。できることがあるのは分かったけど、全部できるわけじゃない。そこを最初に確認できたのはよかった』


『それなら、あとは連絡を待てばいいね。結果がどうなっても、今日確認したことは無駄にならないと思う』


彼は、短く礼を伝えた。


その後、二人は別の話題に移った。


夜、主人公は手帳を開き、面談で確認した内容を整理した。


担当できる可能性がある仕事。


避ける必要がある動作。


勤務を始める場合に、改めて確認する条件。


それらを書き出してから、手帳を閉じた。


まだ採用は決まっていない。


それでも、仕事を探すという行動は、以前より具体的な形になっていた。


翌朝、彼はいつもの時間に起き、右手に負担をかけない範囲で身体を動かした。


面談の結果を待ちながら、今できることを続ける。


それが、今の彼にできる選択だった。

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