第279章 残された連絡先
業務メモの確認は、翌日も続いた。
補佐役は、前日に確認したページの続きから、設備番号と記載内容を照合していった。
記録の多くは、特別なものではなかった。
部品の交換、担当者の変更、現地確認の日程。いずれも当時の業務を進めるための簡単な記録だった。
ただ、設備の管理主体が分からない場合には、別の部署へ問い合わせるよう指示されている箇所があった。
その問い合わせ先として、現在は使われていない部署名が記載されていた。
補佐役は、そのページを保存し、組織履歴を確認した。
該当する部署は、事業終了の前後に複数回の再編を経験していた。最終的には解散し、業務の一部が別の部門へ移されている。
しかし、すべての業務が同じ移管先に集約されたわけではなかった。
彼は、業務メモに記載された連絡先と、再編後の業務分担を照らし合わせた。
すると、設備の技術的な問い合わせを担当する部署と、設備の管理権限を確認する部署が、別々に存在していたことが分かった。
当時の手順書では、両者の役割は区別されていた。
技術的な用途が分からない場合は、技術部門へ問い合わせる。
管理主体が分からない場合は、権限を管理する部門へ確認する。
補佐役は、現地の装置について、過去にどちらの問い合わせが行われたのかを調べた。
業務メモの中には、問い合わせを行ったことを示す記載があった。
ただし、管理番号が省略されているため、今回の装置についての記録かどうかは判別できなかった。
記載されていたのは、次の一文だった。
「接続先の管理主体を確認中。技術部門からの回答を待つ」
その下には、当時の担当者が使っていた連絡先が残されていた。
補佐役は、その連絡先がどの部署に属していたのかを確認した。
技術部門のものだった。
つまり、この記録だけでは、管理権限を確認するための問い合わせが行われたかどうかは分からない。
技術部門への問い合わせが先に行われ、その回答を待っていた可能性はある。
あるいは、別の設備についての記録かもしれない。
彼は、その一文だけを根拠に、今回の装置との関係を判断しないことにした。
昼過ぎ、女性運営責任者が調査の進捗を確認した。
「関連する記録は見つかりましたか」
「設備の接続先について確認していた記録がありました。ただ、管理番号が省略されているので、今回の装置についての記録かどうかは分かりません」
「問い合わせ先は特定できましたか」
「当時の技術部門です。ただし、現在は組織が再編されており、記録がどこに移管されたのかは確認が必要です」
女性運営責任者は、簡易メモの写しに目を通した。
「その部署が現在も保管している資料を確認しましょう。ただし、問い合わせを行った記録があることと、装置の管理主体が判明したことは分けて扱ってください」
「承知しました」
補佐役は、当時の技術部門の後継組織へ照会することにした。
回答が届くまでの間、女性運営責任者は通常業務に戻った。
現地の設備更新はすでに完了しており、古い装置が残されていることによる支障も報告されていない。
調査を急ぐために、別の業務を止める必要はなかった。
その日の夕方、彼女の個人端末にメッセージが届いた。
長くやり取りを続けている、匿名の相手からだった。
『今日は少し疲れた。右手はまだ思うように動かないけど、できることは増えてきた』
彼女は、その文章を読んだ。
相手の右手が回復するまで、まだ時間がかかることは知っていた。本人も、以前のように無理をして取り戻そうとはしていない。
彼女は、短く返事を送った。
『できることが増えたなら、焦らずに続ければいいと思う。まだ難しいことまで、今すぐできるようになる必要はないよ』
しばらくして、返事が来た。
『そうだね。最近は、できないことを誰かに頼むのも、前ほど嫌じゃなくなった』
彼女は、その言葉を何度か読み返した。
以前の彼は、自分で対処できないことがあると、まず一人で解決する方法を探していた。
他人の助けを借りる場合にも、相手にどこまで任せるかを慎重に決めていた。
今もその姿勢がなくなったわけではない。
ただ、助けを借りることと、自分の判断を相手に渡すことは違う。その区別を、彼自身の経験から少しずつ身につけているようだった。
彼女は、もう一度返信した。
『頼る相手を選べることも、大事だと思う』
それ以上、余計なことは書かなかった。
彼女には、自分の立場から伝えられない事情があった。
仕事上の判断と、個人的に相手を支えたいという気持ちは、彼女の中では別のものだった。しかし、完全に切り離せるわけでもなかった。
相手がどのような状況に置かれているのか、彼女が知っていることには限りがある。
彼女は、彼の行動をすべて把握しているわけではないし、彼の代わりに決断するつもりもなかった。
返事を受け取った相手は、しばらくして、別の話題を送ってきた。
近所で以前から気になっていた店に、ようやく立ち寄れたという。
店主は無口だったが、頼んだものについて簡単に説明してくれたらしい。
彼女は、その話に相づちを打った。
仕事とは関係のない、ごく普通のやり取りだった。
それでも、彼女はその時間を大切にしていた。
翌朝、技術部門の後継組織から回答が届いた。
過去の問い合わせ記録の一部は、保存期間の終了に伴って廃棄されていたという。
ただし、すべてが廃棄されたわけではなく、技術上の問題が未解決だった案件については、別の保管先に移されている可能性がある。
担当者は、該当する期間の資料を確認すると伝えてきた。
補佐役は回答を確認し、女性運営責任者へ共有した。
調査は、まだ終わらない。
それでも、どこを探せばよいのかは、少しずつ絞られ始めていた。
現地に残された装置が、なぜ撤去されずに保管され続けたのか。
その理由を示す記録が見つかるかどうかは、まだ分からなかった。
ただ、当時の担当者が何も確認せずに放置したと決めつけることも、すでに確認を終えていたと考えることもできなかった。
補佐役は、次の資料が届くまで、現在の調査範囲を維持することにした。
過去の記録を探す作業は続いていた。
一方で、現地では新しい設備が正常に動き、そこで働く人々は、古い装置の由来を知らないまま日々の業務を続けていた。




