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観客のいない世界  作者: 亀


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第280章 届かなかった返事

三日後、補佐役のもとに、旧技術部門の保管資料に関する回答が届いた。


該当する期間の資料は一部残されていたが、今回の装置と一致する管理番号は見つからなかった。


ただし、当時の問い合わせを処理する際に使われていた連絡票が、数枚だけ保存されていた。


連絡票には、問い合わせを受けた部署、受付日、回答の有無が記されていた。


補佐役は、その中から、設備の接続先に関する問い合わせを探した。


一件、内容の近いものがあった。


問い合わせの受付日は、事業終了の直前だった。


回答欄には、短くこう書かれていた。


「接続先の管理主体を確認できず。依頼元へ照会を返す」


補佐役は、その記載を確認したあと、受付番号を調べた。


元の問い合わせ文書は残っていなかった。


依頼元の部署名は、当時の設備整理を担当していた部門と一致していたが、対象となる設備の番号は記載されていなかった。


今回の装置についての問い合わせだった可能性はある。


しかし、それを確かめる材料はなかった。


補佐役は、連絡票の写しを女性運営責任者に送った。


彼女は内容を確認し、補佐役に電話をかけた。


「この回答は、依頼元へ返されたところまでしか確認できないのですね」


「はい。その後、依頼元が何をしたのかは分かりません。受付番号に対応する元の文書も見つかっていません」


「では、問い合わせが返されたことと、問題が解決したことは別ですね」


「そのとおりです」


女性運営責任者は、少し考えた。


問い合わせを受けた側は、管理主体を確認できなかったため、依頼元へ返答した。


それ自体は、当時の手順から外れた対応ではない。


しかし、返答を受け取った側が、別の部署へ再照会したのか、現地の設備を保管する判断をしたのか、それとも確認を中断したのかは分からなかった。


「依頼元の後継部門には、もう確認していますね」


「はい。業務メモと手順書は確認しましたが、個別の処理結果は見つかっていません」


「分かりました。今回の連絡票は、調査結果に加えてください。ただし、装置との関係は未確認と明記してください」


補佐役は了承した。


その日の午後、彼は調査結果を整理した。


確認できたのは、過去に接続先の管理主体を確認する問い合わせがあり、問い合わせを受けた部門が、管理主体を特定できなかったため依頼元へ返答したということだった。


その問い合わせが今回の装置を対象としていたかどうかは分からない。


また、依頼元が返答を受け取ったあと、どのような対応をしたのかも不明だった。


資料から読み取れる範囲は、そこまでだった。


彼は、調査を続けるための新しい問い合わせ先を探したが、現時点で確認できる範囲には、さらに照会できる部署がなかった。


記録の所在を知っている人物が、今も組織内にいるかどうかも分からない。


補佐役は、追加の資料が見つかった場合に調査を再開できるよう、現在の結果を保存した。


一方、女性運営責任者は、別の案件に関する打ち合わせに出席していた。


会議の議題は、過去の設備調査ではなく、進行中の歴史区画向け支援企画だった。


企画の担当者は、現地での作業が予定どおり進んでいることを説明した。必要な設備は更新され、通信試験も完了している。


女性運営責任者は、報告を確認した。


「現地で、追加の支援が必要だという連絡はありましたか」


「現時点ではありません。作業担当者からも、通常の運用に戻れる見込みだと報告されています」


「では、予定していた支援を完了扱いにしてください。古い装置については、別の調査として継続します」


担当者は了承した。


会議が終わると、彼女は端末に届いていた個人メッセージを確認した。


匿名の相手から、短い文章が届いていた。


『今日は、久しぶりに外を長く歩いた。右手はまだ不便だけど、歩くこと自体は前より楽になった』


彼女は、相手の回復が少しずつ進んでいることを知り、返事を送った。


『無理をしなかったなら、よかった。調子がよくても、急に距離を増やさないでね』


『分かってる。前なら、できるかどうか試したくなっていたと思う。でも、今は明日も動けることのほうが大事だと感じる』


彼女は、その言葉を読んでから、しばらく返信しなかった。


彼が変わったのは、単に慎重になったからではない。


自分の身体が思うように動かない時間を過ごし、他人に頼る場面も経験した。その中で、一度にできることを増やすより、続けられる状態を維持することを覚えつつあるのだろう。


彼女は、ようやく返事を送った。


『明日も続けられるなら、それで十分だと思う』


相手は、簡単な返事を返した。


その後、二人は日常の話を少し続けた。


彼女は、仕事の内容も、今進めている調査も、相手には話さなかった。


相手も、彼女がどこで何をしているのか知らない。


それでも、長く続いてきた二人のやり取りは、その日の仕事が終わったあとにも、いつもどおり続いていた。


翌日、補佐役は、古い装置の調査結果を最終確認した。


追加の資料は見つかっていない。


現地の装置は保管されたままで、現在の設備更新には影響していない。


彼は、調査を無期限に続けるのではなく、現時点で確認できた範囲をまとめ、今後新たな資料が見つかった場合に再開する形へ切り替えることを提案した。


女性運営責任者は、その提案を認めた。


「現時点でできる確認は、ここまでですね」


「はい。これ以上は、新しい資料か、別の情報が必要です」


「では、いったん調査を保留にしてください。現地の装置をそのまま保管することに支障がないかだけ、通常の管理範囲で確認しておきましょう」


補佐役は、指示を記録した。


過去に何があったのか、すべてが明らかになったわけではない。


しかし、分からないことを分からないまま残す判断も、調査の一部だった。


装置は、引き続き現地に置かれることになった。


それを管理する人々は、現在の設備を使い続ける。


古い装置について、何か新しい事実が見つかるまでは、日常の業務を止める理由はなかった。

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