第二十六章 継続される世界
再評価の日。
未来の運営区画には、いつもより多くの管理者が集まっていた。
中央画面には。
この三か月間のデータが並んでいる。
観測者数。
平均観測時間。
継続率。
新規観測対象。
資源消費。
予測誤差。
どの数字を見ても。
このプロジェクトは簡単には評価できなかった。
「まず、観測者数です」
報告担当者が説明する。
「三か月前と比較して、二十七パーセント増加」
画面が切り替わる。
「平均観測時間、三十一パーセント増加」
さらに切り替わる。
「新規観測対象、四百パーセント以上」
会議室が少しざわついた。
「一方で」
次の画面。
「資源消費率、三十九パーセント」
「予測誤差、過去最大」
「管理コストも上昇しています」
議長が女性を見る。
「成功していると言えますか?」
女性は少し考えた。
「何を成功と定義するかによります」
「またその答えですか」
「事実です」
女性は画面を見た。
「観測者は増えています。継続率も上がっています。ですから、観測事業としては成功しています」
「しかし、資源効率が悪い」
「はい」
「予測できない」
「はい」
「他のプロジェクトへの影響も大きい」
「はい」
「それでも?」
「それでも、成功しています」
議長は黙った。
「同時に」
女性は続けた。
「運営モデルとしては、失敗している部分があります」
「……」
「これまでのモデルでは、観測対象を絞り、イベントを設計し、観測者を一定の方向へ誘導することで、効率を上げてきました」
画面に過去のデータが映る。
「このプロジェクトでは、それを減らした」
「結果として?」
「観測者が増えた」
「同時にコストも増えた」
「はい」
「では、どちらが正しい?」
女性は答えなかった。
その代わり。
別の画面を開いた。
そこには。
この三か月間に新しく観測された人間たちの一覧がある。
名前のない人間。
市場の店主。
学校の教師。
農村の住民。
軍人。
技術者。
子供。
老人。
青年。
黒服の男。
軍服の男。
直人。
そして。
最初から観測されていた青年。
「この人たちは」
女性が言った。
「誰か一人の代わりに増えたわけではありません」
「……」
「それぞれ別の理由で見られています」
「だから?」
「観測者が何を見たいのかを、運営側だけで決めることができなくなった」
議長は腕を組んだ。
「それは運営の失敗では?」
「そうかもしれません」
「否定しない?」
「私は、運営がすべてを決められるとは最初から思っていません」
「なら、あなたは何を管理している?」
女性は少しだけ考えた。
「選択肢です」
「選択肢?」
「観測者が何を見るかを決めるのではなく」
彼女は画面を見る。
「何を見るかを選べる状態を維持する」
会議室は静かだった。
「それが」
女性は続けた。
「今の私が管理できる範囲だと思っています」
*
地上。
都市の停電は。
翌朝には大部分が復旧していた。
通信も戻った。
人々は仕事へ向かう。
学校も再開する。
店も開く。
昨夜の騒ぎを。
いつまでも話している人もいる。
何もなかったように生活する人もいる。
青年は。
街角に立っていた。
直人が聞く。
「これからどうします?」
「分からない」
「……」
「でも」
青年は都市を見た。
「ここにいる」
「理由は?」
「まだ見たいものがある」
直人は少し笑った。
「あなたも観客になったんですか?」
「違う」
「じゃあ?」
「自分で見るだけだ」
二人は歩き出した。
*
少し離れた場所では。
黒服の男が一人の技術者と話していた。
「この接続設備は使えるか?」
「使える」
「未来と繋がる?」
「理論上は」
「理論上?」
「繋がったとしても、向こうが応答するとは限らない」
黒服の男は笑った。
「それでいい」
「いいのか?」
「ああ」
「何のために使う?」
黒服の男は答えなかった。
少し考えて。
「確認するためだ」
「何を?」
「向こうも、こっちと同じように選べるのか」
技術者は意味が分からない顔をした。
黒服の男は。
それ以上説明しなかった。
*
軍服の男は。
部下から離脱者の報告を受けていた。
「戻すか?」
部下が聞く。
「戻したいなら戻せ」
「隊長は?」
「俺は追わない」
「敵になる可能性があります」
「知っている」
「それでも?」
「それでもだ」
軍服の男は地図を広げた。
「俺たちにも、やることがある」
彼は。
未来の観測者数を確認しなかった。
少なくとも。
以前ほどは。
*
未来。
審査結果が表示された。
――プロジェクト継続。
女性はその文字を見た。
しかし。
条件が付いていた。
――現行予算維持。
――人工的イベント追加禁止。
――三か月ごとの再評価。
――観測資源の上限設定。
――他プロジェクトとの資源配分を継続的に調整。
完全な勝利ではない。
彼女のプロジェクトが。
未来の運営全体を変えたわけでもない。
ただ。
終わらなかった。
「おめでとうございます」
部下が言った。
「ありがとう」
「嬉しくないんですか?」
「嬉しいですよ」
女性は笑った。
「でも、これから忙しくなる」
部下も笑った。
「確かに」
女性は椅子に座った。
中央画面には。
まだ地上の世界が映っている。
「次の観測対象は?」
「指定しますか?」
女性は首を振った。
「しない」
「では?」
「そのまま」
「またですか?」
「ええ」
彼女は画面を見た。
「誰が選ばれるか、見てみましょう」
*
その頃。
未来の別の場所では。
一人の男が古い映像を見ていた。
そこには。
最初の頃の青年が映っている。
黒い機械と戦っている。
逃げている。
支援を受けている。
怒っている。
未来の人間たちに問いかけている。
――俺の人生を、俺以外の誰かに決められたくない。
男はその映像を止めた。
「……結局」
誰かが隣で言った。
「彼は何を変えたんでしょうね」
男は答えなかった。
未来の社会は。
何も終わっていない。
運営会社も残っている。
観測システムも残っている。
観客もいる。
人気のあるプロジェクトも。
人気のないプロジェクトも。
競争も。
資源配分も。
契約も。
利益も。
以前と同じように続いている。
ただ。
一つだけ。
変わったことがある。
以前は。
「良い番組」とは。
管理者が結果を設計し。
観測者がその結果を見るものだった。
今は。
それだけではない。
何が起きるか分からない。
誰が注目されるか分からない。
誰が敵になるか分からない。
誰が離れるかも。
誰が戻るかも。
誰が最後まで残るかも。
分からない。
それでも。
見たい人がいる。
*
夜。
青年は都市の屋上にいた。
風が吹いている。
遠くに無数の明かりがある。
彼は。
古い箱を取り出した。
最初に祖父の部屋で見つけた箱。
未来へ繋がった箱。
何度も。
彼の人生を変えてきた箱。
画面に。
最後の表示が出た。
――観測者数。
数字は。
以前とは比べものにならないほど増えていた。
その下に。
新しい項目があった。
――観測者による介入要求。
そして。
さらにその下。
――出演者側からの接続要求。
青年は。
しばらく画面を見た。
「……俺から?」
箱は。
何も答えなかった。
青年は笑った。
「じゃあ、少し考えるか」
未来では。
何万人もの観測者が。
その姿を見ていた。
しかし。
誰一人として。
彼が次に何をするのかを。
決めることはできなかった。
青年は。
箱を閉じた。
そして。
自分で屋上から降りていった。
*
その夜。
未来の女性は。
最後の記録を書いた。
――観測対象の選択権を、運営側から完全に移す。
少し考えて。
その文章を削除した。
完全に移す必要はない。
運営が消えるわけでもない。
観客も消えない。
管理者も必要だ。
だから。
別の文章を書いた。
――観測者と出演者、それぞれが選択できる余地を残す。
保存する。
画面が暗くなる。
窓の外には。
未来の都市が広がっている。
数百年後も。
おそらく。
人間は退屈する。
新しい娯楽を探す。
誰かの人生を見る。
自分の人生を生きる。
時には。
その境界を越えようとする。
そして。
また新しい問題が起きる。
それを。
誰かが管理し。
誰かが批判し。
誰かが利用し。
誰かが拒む。
世界は。
それでも続いていく。
誰か一人が。
すべての未来を決めることなく。
観客のいない世界ではなく。
誰もが。
観客にもなり。
出演者にもなり。
それでも。
自分自身の人生を選び続ける世界として。




