第258章 使われなかった経路
競技企画の調査が始まってから数日後、女性運営責任者は、情報管理担当者から一件の報告を受け取った。
当日の管理画面について、過去の権限設定と照合した結果、通常の閲覧画面から確認できる情報と、管理設定を変更しなければ確認できない情報が整理できたという。
報告書には、二つの経路が並べられていた。
一つは、競技運営の担当者が日常的に使う閲覧経路。
もう一つは、技術支援担当者が設定の確認や修正を行う際に使う管理経路だった。
「当日の担当者は、通常の閲覧経路を利用できたのでしょうか」
彼女が尋ねると、情報管理担当者は資料を切り替えた。
「当時の権限一覧では、現場担当者の一部が利用できました。ただし、全員が同じ範囲を閲覧できたわけではありません」
「参照範囲の変更が必要だった理由は分かりましたか」
「現時点では分かっていません。管理経路を利用できた担当者は複数いますが、操作記録だけで一人に絞ることはできません」
彼女は、報告書の該当箇所に目を通した。
通常の閲覧経路が存在していたことは、新しい事実だった。
しかし、それだけでは、当日の操作が不要だったとは断定できない。担当者が確認しようとした情報が、通常の閲覧画面から取得できたかどうかは、別途確認する必要があった。
「当日、管理経路を使う必要があったと説明している担当者はいますか」
「一人、技術支援担当者から回答がありました。競技開始後に設定内容を確認するため、管理画面を開いた可能性があるとのことです。ただ、本人も、どの操作を行ったのかまでは覚えていないそうです」
「その回答は、操作記録と一致していますか」
「一部は一致しています。ただし、参照範囲を変更した操作については、本人の説明だけでは確認できません」
女性運営責任者は、回答をそのまま記録に残すよう指示した。
本人が管理画面を開いた可能性を認めていることと、問題となった変更操作を行ったことが確認されたことは、同じではない。
調査担当者は、追加の聞き取りを行うことになった。
ただし、対象者を無制限に増やすことはしなかった。
当日の担当表、権限一覧、記録に残っている操作時刻。この三つに照らして、確認する必要のある担当者を絞り込んだ。
その日の午後、競技企画を運営していた部署から、当日の進行記録が追加で提出された。
競技開始後、現場からコースの変更要請が届いた際、運営担当者は一度、通常の閲覧画面でコース情報を確認していた。
その後、技術支援担当者に確認を依頼し、管理画面で設定が変更されていた。
この記録によって、操作の順序は以前より明確になった。
しかし、なぜ通常の閲覧画面での確認だけでは足りなかったのか、その理由は記録されていなかった。
女性運営責任者は、調査担当者に確認した。
「設定変更の前に、誰かが追加の情報を求めた記録はありますか」
「運営担当者から技術支援担当者への連絡は残っています。ただ、添付資料は現在の記録と一致していません。連絡の内容だけでは、何を確認する必要があったのか判断できません」
「では、連絡を送った担当者に、当時の状況を確認してください。記憶と記録が異なる場合は、どちらかに合わせるのではなく、その違いも残してください」
調査担当者は了承した。
女性運営責任者は、資料を保存した。
今回の件では、操作が行われた順序が少しずつ分かってきている。
一方で、操作の理由や、実際に判断を行った人物については、まだ確定していない。
記録が増えれば、すべての疑問が解消されるわけではなかった。
ただ、どの段階で情報が不足しているのかは、以前より具体的になっていた。
同じ日の夕方、補佐役から権限見直しの進捗報告が届いた。
各部門からの回答はおおむね集まっており、現在の業務に必要な権限と、過去の企画から引き継いだ権限を分ける作業が進んでいた。
ただし、一部の担当者からは、過去の資料を横断的に参照する必要があるという説明が寄せられていた。
補佐役は、回答をまとめたうえで、今後の管理方法について提案していた。
企画終了時に権限を自動的に失効させるのではなく、終了後の利用目的を登録し、必要に応じて期間を延長する方式だった。
女性運営責任者は、その案を読んだ。
企画が終了しても、記録を参照する必要は残る。
しかし、利用目的を登録しなければ権限を継続できない仕組みにすれば、少なくとも、何のために権限が残されているのかを後から確認しやすくなる。
彼女は、提案の基本方針を了承した。
「この方式を試行する場合、管理設定を変更できる人と、閲覧だけを行う人を分けてください。また、期間を延長する場合は、申請者と承認者の記録を残すようにしましょう」
補佐役は、修正内容を確認した。
「分かりました。次の会議で、試行対象と開始時期を提案します」
彼が退出したあと、女性運営責任者は、競技企画の調査記録と権限見直しの資料を別々に保存した。
一方は、過去に起きた操作の経緯を調べるためのもの。
もう一方は、今後、同じような記録不足が生じにくい運用を作るためのものだった。
両者は関係しているが、片方を改善すれば、もう片方の事実まで明らかになるわけではない。
彼女は、その区別を維持したまま、次の会議の準備を進めた。
夜、主人公は仕事を終え、帰宅してから資料を整理していた。
右手の痛みは以前より落ち着いていたが、長時間の作業を続けると、まだ違和感が出る。彼は無理に作業を続けず、途中で休みながら、必要な箇所だけを確認していた。
そのとき、オンラインの相手からメッセージが届いた。
《今日は少し疲れているみたいだね》
彼は、短く返した。
《資料を整理していた。似たような記録が多くて、どれが何のために作られたのか、分けるのに時間がかかった》
《内容だけでは区別できないの?》
《内容が似ていても、作られた経緯や使う目的が違うことがある。そこを確認しないと、同じものとして扱ってしまう》
少し間を置いて、返事が届いた。
《それなら、整理するだけでも、元の記録を残しておく必要がありそうだね》
主人公は、その言葉を読んだ。
《そう思う。後から修正することはできても、最初に何が書かれていたのか分からなくなったら、比較できないから》
彼は、メッセージを送ったあと、資料の保存場所を確認した。
元の記録と、整理した記録。
その二つを混同しないように分けておく。
特別な作業ではなかったが、後から内容を確認するときには、その違いが役立つはずだった。
彼は作業を終え、端末を閉じた。
翌日も、確認すべき資料は残っている。
それでも、今夜はここまでにすることにした。




