第240章 推薦者の名前
レイヴンが追加条件への回答を待っている間に、競技会の参加者募集は予定どおり進んでいた。
公開された参加者一覧には、個人で登録した者、地元の競技団体から推薦された者、複数のプラットフォームから候補として挙げられた者が並んでいた。
その中に、前回の大会で優勝したカイの名前もあった。
レイヴンは一覧を眺め、カイの登録情報を開いた。
所属団体は小規模な地域競技会の運営組織。過去の出場回数は多いが、大手プラットフォームから推薦された記録はない。今回も一般枠での参加だった。
彼はカイに連絡を送った。
《次の競技会にも参加するんだね》
返事はすぐには来なかった。
その日の夕方になって、ようやく短い返信が届いた。
《予定が合ったからな。前回の大会のこともあるし、運営がどう対応するのか見ておきたい》
レイヴンは少し考えてから、尋ねた。
《運営から説明はあった?》
《コース変更については確認中だそうだ。俺にはまだ何も分からない。ただ、前回のことだけで、今回も同じ問題が起きるとは思っていない》
レイヴンはその返事を読んで、端末を伏せた。
カイは前回の大会で起きたことを無視しているわけではない。しかし、それだけを理由に、次の大会全体を疑うつもりもないらしい。
その姿勢は、レイヴンにとって少し意外だった。
彼自身は、競技の仕組みを知ろうとするほど、誰が何を管理しているのかが気になっていた。カイは必要な確認をしながらも、まだ起きていない問題まで先回りして判断することは避けている。
どちらか一方だけが、正しい対応というわけではなかった。
翌日、レイヴンのもとに競技会の運営事務局から回答が届いた。
記録の閲覧者は、競技会の審査担当者と、本人が同意した推薦元の担当者に限定される。保存期間は競技会終了後の一定期間とし、期間満了後は規定に従って削除される。
登録を撤回した場合、競技参加者としての追加記録は作成されない。ただし、撤回前に適法に取得された記録については、運営上必要な範囲で保存される場合がある。
回答の末尾には、個別の推薦について問い合わせる窓口が記されていた。
レイヴンは、そこに連絡を送った。
自分を推薦したのは誰なのか。
推薦の判断に使われた情報は何か。
そして、推薦元が参加を期待している場合、それを断ることで今後の仕事や活動に影響が生じるのか。
質問を送ったあと、彼は端末を閉じた。
回答を受け取る前に、参加するかどうかを決める必要はなかった。
一方、女主のもとには別の報告が届いていた。
前回の大会における記録の確認は継続中だったが、調査対象が広がったため、当初予定していた回答期限を延長したいという。変更された経路の記録だけでなく、競技開始後に適用されたプログラム更新についても、管理履歴を照合する必要があるらしい。
彼女は報告書を読み、担当部署に確認した。
「プログラムの更新そのものは、規定された手続きで実施されたのですか」
「更新履歴には実行記録があります。ただし、実行を承認した操作と、更新内容を作成した操作が、同じ利用者によるものかどうかは、まだ確認できていません」
「それぞれの権限を分けて調べてください。更新が実行されたことと、内容が承認されたことは、別の事実です」
「承知しました」
彼女は調査の範囲を広げることには同意したが、特定のプラットフォームや参加者を名指しすることは避けた。
管理権限を持つ者が操作したという記録だけでは、その操作の目的までは分からない。権限の使い方に問題があったのか、手続きの設計に穴があったのか、それとも別の事情があったのか。
今の資料だけで結論を出せば、後から訂正することになるかもしれなかった。
彼女は、調査結果が出るまでの暫定報告と、最終的な判断を分けて扱うよう指示した。
その日の夜、レイヴンは紹介者から連絡を受けた。
推薦を依頼したのは、彼が所属する競合プラットフォームの企画部門だった。
推薦理由には、前回の大会での成績、現場での判断、短期間で新しい環境に適応したことが挙げられていた。今回の競技会で何らかの問題を起こすことを期待しているわけではなく、本人が参加を望まない場合には、推薦を取り下げることもできるという。
ただし、推薦を担当した部署は、彼の活動記録を今後の人材選定に利用する可能性があると説明していた。
レイヴンは紹介者に礼を述べ、少し時間をもらうことにした。
推薦は、命令ではなかった。
しかし、断れば何の影響もないと保証されたわけでもなかった。
彼が積み重ねてきた実績は、彼自身のものだった。一方で、その実績を評価する側が、彼に何を期待しているのかは、彼だけでは決められない。
翌朝、レイヴンは主人公と顔を合わせた。
「推薦した部署は分かった」
「参加してほしいと言われたのか」
「参加してくれれば、今後の選定で参考にするらしい。断ることもできる」
主人公は、道具を整理していた左手を止めた。
「それなら、参加するかどうかと、推薦されたことをどう扱うかは、分けて考えればいい」
「分けられるかな」
「完全には無理だろう。断ったことで評価が変わる可能性はある。ただ、参加した場合にも、別の評価が残る」
レイヴンは椅子に腰を下ろした。
「どちらを選んでも、何かは残るわけか」
「そういうことだと思う」
主人公は、相手の代わりに答えを出そうとはしなかった。
レイヴンが今後の仕事を重視するなら、推薦を受けて参加する理由はある。競技会の記録が自分の望まない形で利用されることを避けたいなら、辞退する理由もある。
どちらを選ぶにしても、条件を確認したうえで決めることはできる。
「君なら、参加する?」
レイヴンが尋ねた。
主人公は少し考えた。
「今の条件なら、まだ決めない。推薦した側が何を期待しているのかと、参加したときに自分が何を得られるのか。その二つが分からないうちは、急いで決める必要がない」
「回答が来るまで待つ?」
「待つことに費用がかからないなら」
レイヴンは笑った。
「君らしい答えだ」
「そうかもしれない」
二人はそれ以上、競技会の話を続けなかった。
昼過ぎ、レイヴンは推薦を担当した部署に、追加の説明を求める連絡を送った。
参加するかどうかは、その返事を受け取ってから決める。
そのころ、女主の端末には、競技会の調査担当者から新しい通知が届いていた。
前回の大会で使われた管理権限の一つについて、通常の業務とは異なる時間帯に認証が行われていたという。
ただし、認証記録だけでは、実際にどの操作が行われたのかまでは確定できない。
彼女は通知を保存し、調査担当者に詳細な記録の提出を求めた。
画面に表示された時刻は、競技が始まる前だった。
その事実が何を意味するのかは、まだ分からない。
彼女は端末を閉じ、次の会議に向かった。
推薦された者は、推薦した側の期待を引き受ける義務までは負わない。
だが、誰かがその期待を利用しようとした場合、本人が知らないところで、選択肢そのものが変えられてしまうこともある。
それを確かめるには、まだ記録が足りなかった。




