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観客のいない世界  作者: 亀


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第233章 同じ場所に立つ者

五日目の朝、倉庫の責任者は作業開始前に全員を集めた。


「今日の午後、別の業者が道具を引き取りに来ます。昨日と同じように、移動先が分からなくなることがないよう、道具を動かした場合は必ず記録を残してください」


作業員たちは、それぞれ返事をした。


そのあと、責任者はレイヴンに向き直った。


「あなたには、午前中の整理が終わったら、引き取りに来る業者への対応を手伝ってもらいたい。手順は担当者から説明を受けてください」


「分かりました」


レイヴンは、指示を受けると担当者のもとへ向かった。


主人公は、自分の作業場所へ移動した。


今日は、倉庫の奥にある古い道具を分類する仕事だった。使用頻度の高いものと、修理が必要なもの、廃棄の判断を待つものに分ける。


判断に迷う道具については、勝手に処分せず、責任者へ確認するよう指示されていた。


主人公は、一つずつ状態を確かめていった。


昼前、分類作業が終わりかけた頃、倉庫の入口から声が聞こえた。


引き取り業者が、予定より早く到着したらしい。


担当者が対応に向かったが、引き取りの順番について、業者側と認識が食い違っていた。


「こちらは、入口側の道具から受け取ると聞いています」


業者の男が言った。


「こちらに届いている予定では、奥の区画からです」


担当者が答えた。


「それでは、積み込みに必要な人員を確保した意味がありません」


「こちらも、事前に聞いていた順番で準備しています」


二人の声が少しずつ強くなった。


レイヴンは、双方の説明を聞いてから尋ねた。


「すみません。引き取りの順番が変更されたという連絡は、どちらから届きましたか」


業者の男が答えた。


「今朝、こちらの担当者からです」


倉庫の担当者も、手元の書類を確認した。


「こちらには、その連絡が届いていません」


「しかし、こちらは変更された予定に従って来ています」


レイヴンは、すぐにどちらが正しいかを決めようとはしなかった。


「では、変更の連絡をした担当者に確認できませんか。どちらかが間違っていると決める前に、連絡がどこまで伝わっていたのかを確認したいです」


業者の男は不満そうな顔をしたが、連絡先を取り出した。


しばらくして、変更を伝えた担当者と連絡が取れた。


話を聞くと、順番の変更は業者側の責任者が決めたものだった。しかし、その情報を倉庫へ伝える役割を担っていた人間は、別の現場へ移動しており、連絡が途中で止まっていた。


倉庫側の担当者が変更を知らなかったことにも、理由があった。


最終的に、双方は積み込みの順番を調整することになった。


予定より時間はかかったものの、引き取りそのものは中止せずに済んだ。


業者の男は、帰り際にレイヴンへ声をかけた。


「助かりました。こちらも、最初から確認すればよかった」


「いえ。こちらも、予定が変更されていた可能性を考えていませんでしたから」


レイヴンは、相手だけに責任を押しつけなかった。


主人公は、少し離れた場所から、そのやり取りを見ていた。


今回の問題は、誰か一人が指示を無視したために起きたわけではなかった。


決定する人間と、連絡する人間と、実際に作業する人間が分かれていた。


それぞれが自分の役割を果たしていても、情報が途中で止まれば、全体としては予定どおりに動けなくなる。


誰か一人を責めれば、話は簡単に終わるかもしれない。


しかし、それだけでは、次に同じことが起きる可能性は残る。


主人公は、そう考えながら、自分の作業へ戻った。


     *


昼休み、レイヴンは主人公の隣に座った。


「さっきの件、どう思いましたか」


「連絡が届いていなかった。それだけだと思う」


「それだけ、ですか」


「少なくとも、今分かっているのはそこまでだ。誰かが意図的に連絡を止めたと判断できる材料はない」


レイヴンは頷いた。


「確かに、そうですね」


主人公は続けた。


「ただ、連絡が届かなかったことで、実際に問題が起きたのも事実だ。悪意がなかったからといって、問題がなかったことにはならない」


「では、どうすればいいと思いますか」


「次から、変更を決めた人間だけでなく、実際に作業する場所まで連絡が届いたか確認することだと思う。誰が悪かったかを決めるだけでは、同じことが起きるかもしれない」


レイヴンは、少し考えた。


「あなたは、原因を探すことより、次に何を変えられるかを考えるんですね」


「原因を探すことも必要だと思う。ただ、原因が分かっても、次に何をするかが決まらなければ、問題が解決したとは言えない」


「なるほど」


レイヴンは飲み物を置いた。


「では、原因が分からなかった場合は?」


「分からないままでも、変えられることはある。今回なら、変更を伝えたあと、受け取った側が確認を返す仕組みにすればいい。原因が分からないことと、何もできないことは違う」


レイヴンは、今度はすぐに返事をしなかった。


主人公は彼を見た。


「何か気になることでもあるのか」


「いえ。考え方が少し面白いと思っただけです」


「面白い?」


「以前の仕事では、問題が起きたとき、誰が間違えたのかを先に決めることが多かったので。間違えた人間を見つければ、それで解決したと考える人もいました」


主人公は、特に驚かなかった。


「そういう考え方もあるだろう。でも、一人の間違いだけで説明できないこともある」


「ええ」


レイヴンは立ち上がった。


「午後の作業へ戻ります。話を聞かせてくれて、ありがとうございました」


彼は倉庫へ戻っていった。


主人公は、彼の言葉を考えていた。


以前の仕事。


どこで働いていたのかは分からない。


しかし、彼は問題が起きたときの対応について、ある程度の経験があるようだった。


それがどんな仕事だったのか、今の主人公には関係がない。


必要があれば、いつか本人が話すこともあるだろう。


     *


午後、倉庫の責任者が主人公を呼んだ。


「少し、相談したいことがあります」


責任者は、翌日の作業予定を見せた。


短期参加者であるレイヴンの担当期間は、明日でいったん終了する。


ただし、作業の進み具合によっては、さらに数日間、応援を依頼する可能性があるという。


「本人は、延長を希望しているようです。ただ、こちらとしても、仕事があるからといって無条件に期間を延ばせるわけではありません」


主人公は予定表を見た。


「俺にできることはありますか」


「明日までに、今の作業をどこまで進められるか確認しておきたいんです。あなたには、整理作業を予定どおり終えられそうか、見た範囲で教えてもらえれば十分です」


主人公は頷いた。


「分かりました」


彼は、自分の担当する区画を確認した。


作業は予定どおり進んでいる。


特別な問題が起きなければ、明日には終わる見込みだった。


主人公は、その事実を責任者へ伝えた。


それ以上の評価は加えなかった。


レイヴンを残すべきかどうかは、責任者が判断することだ。


自分が知っているのは、同じ場所で数日間働いた範囲のことだけだった。


仕事を覚えるのは早い。


周囲との連携も取れている。


ただ、それだけで長く働く人間として適しているかどうかまでは分からない。


責任者は、主人公の報告を聞いてから言った。


「ありがとうございます。参考にします」


主人公は自分の作業へ戻った。


     *


同じ頃、運営フロアでは、レイヴンの参加期間に関する中間評価が行われていた。


女性管理者の前には、競合側から提出された延長希望が表示されている。


理由として挙げられていたのは、現地環境への高い適応力と、短期間で得られた成果だった。


彼女は、現地側の評価を確認した。


レイヴンの働きぶりに、大きな問題はない。


ただし、評価はあくまで現在の参加条件に基づいたものだった。


活動範囲を拡大した場合に、同じ成果が得られるとは限らない。


女性管理者は、延長そのものを拒否しなかった。


代わりに、延長を認める場合の条件を追加した。


活動範囲は現状を維持すること。


新しい権限を必要とする場合は、別途申請すること。


延長期間中も、定期的に現地側の評価を確認すること。


競合側の担当者は、条件を見て不満を示した。


「これでは、参加期間を延ばしても、活動の幅が広がりません」


女性管理者は答えた。


「活動の幅を広げることと、参加期間を延ばすことは別の判断です。現在の条件で成果が出ているのであれば、まずはその条件を維持して評価することができます」


「しかし、出演者の能力を十分に活用できません」


「能力を活用することは、すべての権限を与えることと同じではありません」


競合側の担当者は、しばらく黙っていた。


最終的に、条件付きの延長案は保留となった。


女性管理者は、まだ決定を急ぐ必要はないと判断した。


レイヴンの参加期間は、明日で終了する予定だった。


延長を認めるかどうかは、現地側の最終評価を確認してから決める。


それが、今の段階で彼女にできる判断だった。


     *


夜、主人公は支援者から届いたメッセージを読んだ。


『明日で、今の仕事の区切りがつくんでしたね』


『そうだ。作業が予定どおり終われば、一区切りになる』


『次の予定は決まっていますか』


『まだ分からない。ただ、仕事が終わっても、すぐに次の仕事を探せるようにしている』


彼女から返事が届いた。


『先のことが決まっていなくても、準備できることはあるんですね』


主人公は、少し考えてから返信した。


『そうだな。全部を決めることはできないけれど、何も決められないわけでもない』


彼女は、その言葉を読んでいた。


仕事用の画面には、レイヴンの延長申請がまだ保留のまま残っている。


一方で、主人公は、明日の仕事が終わったあとの予定を少しずつ考えていた。


二人は、それぞれ別の場所にいた。


互いの仕事も、置かれている立場も知らない。


それでも、先のことをすべて決められない状況で、自分にできることを探している点では、似たところがあった。


主人公は端末を置き、明日の準備を整えた。


レイヴンが明日も倉庫へ来るかどうかは、まだ決まっていない。


彼がここに残ることになったとしても、主人公の生活が大きく変わるとは限らない。


だが、同じ場所で働く時間が増えれば、互いに知ることも少しずつ増えていく。


その先に何があるのかは、まだ誰にも分からなかった。

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