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観客のいない世界  作者: 亀


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232/450

第232章 予定にない協力者

四日目の朝、主人公が倉庫へ到着すると、入口の前に数人の作業員が集まっていた。


奥の区画から運び出す予定だった道具の一部が、前日のうちに別の場所へ移されていたらしい。


責任者は帳面を確認し、作業員たちに尋ねた。


「誰が移動させたか、分かりますか」


何人かが首を横に振った。


「昨日の終わりには、ここにあったはずです」


「俺が帰るときも、まだ残っていました」


「今朝来たら、もうありませんでした」


それぞれの説明は、必ずしも矛盾していなかった。


道具が移された時刻が分からないだけで、誰かが嘘をついているとは限らない。


責任者は、倉庫内を確認してから言った。


「まず、移動先を探しましょう。今日使う道具なので、見つからなければ作業の順番を変えます」


作業員たちは、それぞれの区画へ向かった。


主人公も、自分の担当場所を確認した。


道具の数は多く、すべての置き場所を覚えているわけではない。昨日の作業記録にも、移動先までは書かれていなかった。


彼は、最後に道具を見た場所を思い出し、周辺を確認した。


そのとき、レイヴンが別の作業員と話しているのが目に入った。


「昨日、こちらの棚を使いましたか」


「使いました。古い道具をまとめて置くために」


「そのとき、奥の区画から何か運びましたか」


「いや、俺が運んだのは、この棚にあったものだけです」


レイヴンは、それ以上追及しなかった。


「分かりました。ありがとうございます」


彼は作業員から離れ、倉庫の奥へ向かった。


主人公は、レイヴンが何を考えているのか分からなかった。


ただ、誰かを疑うような態度ではなかった。


見たことと、見ていないことを分けて尋ねているように見えた。


しばらくして、レイヴンが責任者のもとへ戻った。


「道具が置かれていた棚の近くに、空いた区画があります。昨日、別の作業員がそこを整理していました。移動先として使われた可能性はありますが、まだ確認できていません」


責任者は頷いた。


「そこを見てみましょう」


数人で確認すると、探していた道具は、空いた区画の奥にまとめて置かれていた。


数も、見たところ不足していない。


責任者は安堵した様子で息を吐いた。


「見つかってよかった。これで今日の作業を進められます」


道具を運び出した作業員が、少し遅れて現れた。


彼は、昨日の片づけの際、使用頻度の低い道具を空いた区画へまとめて移したのだと説明した。


責任者は、移動先を記録していなかったことについて注意した。


作業員は謝った。


それで話は終わった。


主人公は、道具が見つかった場所を見ながら考えていた。


今回の件では、誰かが道具を隠したわけではなかった。


作業を効率化するために移動させた人間がいて、その情報が責任者やほかの作業員に伝わっていなかった。


目的は合理的だったとしても、共有されなければ、別の人間には所在不明の道具として認識される。


レイヴンは、最初から誰かを問い詰めたわけではない。


移動先になりそうな場所を見つけ、可能性として責任者に伝えた。


結果として、確認する範囲が狭まった。


主人公は、そのことを覚えておこうと思った。


     *


昼休み、レイヴンは主人公の向かいに座った。


「朝の道具探し、手伝ってくれてありがとうございました」


「俺は、自分の持ち場を確認していただけだ。礼を言われることはしていない」


「それでも、誰もが同じように動くわけではありませんから」


レイヴンは、食事を続けながら言った。


「誰かが困っていると、すぐに原因を探そうとする人もいます。反対に、自分の仕事ではないからと、何も確認しない人もいる」


「どちらも、状況によると思う」


「そうですね」


レイヴンはあっさり認めた。


「ただ、原因を探すことと、責任を負わせる相手を探すことは、似ているようで違うのかもしれません」


主人公は、彼の顔を見た。


「どうして、そう思う?」


「今朝の件です。道具がなくなったと聞いたとき、誰かが勝手に持ち出したと考えることもできました。でも、実際には作業の一環として移動されていた。確認しなければ、分からなかったことです」


「確かに」


「だからといって、記録を残さなくてもいいわけではありません。今回のことは、次からの手順を変える理由にはなると思います」


主人公は頷いた。


レイヴンの言うことは、筋が通っていた。


しかし、彼が何を基準に物事を判断しているのか、主人公にはまだ分からない部分もあった。


「レイヴンは、以前からこういう仕事をしていたのか?」


「似たような仕事をしたことはあります。ただ、場所が変われば、事情も変わりますから」


「そうか」


「あなたは?」


主人公は少し考えた。


「いろいろな仕事をしてきた。長く続いたものもあれば、途中で終わったものもある」


「それで、今の考え方になったんですか」


「一つの経験だけで変わったわけじゃないと思う。何かが起きるたびに、前に考えていたことでは足りないと分かることがある」


レイヴンは静かに聞いていた。


「では、今でも考え方を変えることがありますか」


「ある。むしろ、変えなくていいと思えるほど、何でも分かっているわけじゃない」


レイヴンは、少しだけ笑った。


「その答えは、参考になります」


主人公は、それ以上尋ねなかった。


彼が何を参考にしようとしているのか、確かめる必要はないと思った。


人間には、それぞれ事情がある。


話したいこともあれば、話す必要がないこともある。


自分が知るべきなのは、今の仕事を進めるうえで必要なことだった。


     *


その日の夕方、女性管理者は、外部出演者の四日目の評価を確認していた。


レイヴンの行動は、承認された範囲内に収まっている。


作業手順の改善に関する提案が二件。


現地の人間との協力に関する記録が三件。


重大な問題はない。


しかし、評価画面の下部に、競合側からのコメントが追加されていた。


《現地環境への適応は順調。活動範囲の拡大を認めれば、さらに高い成果が期待できる》


女性管理者は、コメントを閉じた。


彼らは、成果が出るたびに活動範囲の拡大を求めている。


それ自体は、出演者を売り込む側として不自然ではない。


ただ、七日間という期限を設けた意味が薄れていく。


彼女は担当者を呼び、評価の基準を確認した。


「活動範囲の拡大を認める条件は、何でしたか」


「参加者が現在の環境で安定して活動できること。加えて、拡大によって管理上の負担が増えないと判断できることです」


「現在の評価だけで、後者まで判断できますか」


担当者は少し考えた。


「まだ難しいと思います」


「では、今の条件を維持してください。成果が出たことと、権限を増やす必要があることは、別の問題です」


「承知しました」


女性管理者は、次の資料を開いた。


そこには、レイヴンが現地の作業員たちと会話している様子が記録されていた。


特定の人物に接触するよう指示した形跡はない。


それでも、彼は短い期間で周囲の人間関係を把握し始めている。


優秀な出演者なら、それは当然のことかもしれない。


彼女は、今のところ参加を制限する理由はないと判断した。


同時に、活動範囲を拡大する理由もまだないと判断した。


二つの判断は、矛盾していなかった。


     *


夜、主人公は教師のもとへ顔を出した。


「今日は、倉庫で道具の置き場所が分からなくなることがあった」


教師は、主人公の話を聞いてから尋ねた。


「それで?」


「別の作業員が、片づけのために移動させていた。悪意があったわけではなかったらしい」


「お前は、何を学んだ」


主人公は少し考えた。


「見えていないことを、勝手に埋めないこと。なくなったと聞いても、盗まれたとは限らない」


「それだけか」


「それから、目的が正しくても、情報を共有しなければ問題が起きることがある」


教師は頷いた。


「悪くない。だが、もう一つある」


「何だ?」


「お前は、その道具を探す必要があったのか」


主人公は、すぐには答えられなかった。


「自分の担当ではなかった。でも、作業全体が止まっていたから、確認することには意味があったと思う」


「そうだ。何でも自分の仕事にする必要はない。だが、自分の行動が全体にどう影響するかを考えることはできる」


教師は、地面に置いた木片を拾い上げた。


「助けることと、責任を引き受けることは違う。協力することと、相手の仕事を奪うことも違う」


主人公は、レイヴンのことを思い出した。


彼は道具を探す手伝いをしたが、誰かを責めることも、自分が責任者の代わりに判断することもしなかった。


必要な情報を伝え、判断をする人間に任せた。


「今日、一緒に働いている人間がいた。仕事を覚えるのが早くて、周りの状況もよく見ている」


「そいつが、今の話に関係しているのか」


「少しな」


「信頼できる人間なのか?」


主人公は首を横に振った。


「まだ分からない。ただ、今日の仕事では、問題は起こさなかった」


教師は笑わなかった。


「それで十分だ。信頼できるかどうかを、最初に決める必要はない。仕事で何をするかを見て、必要なら距離を変えればいい」


主人公は、その言葉を覚えておこうと思った。


誰かを完全に信頼するか、完全に警戒するか。


その二つしか選べないわけではない。


今は、同じ仕事をする相手として接する。


状況が変われば、そのときに考える。


それでよかった。


     *


帰宅後、主人公は支援者へメッセージを送った。


『今日、新しく来た人が仕事を手伝ってくれた。周りをよく見ていて、判断も早い』


彼女から、しばらくして返事が届いた。


『頼りになる人がいるのは、いいことですね』


『そうだな。ただ、まだ一緒に働き始めて数日だから、どんな人なのかは分からない』


『それでいいと思います。相手を知るには時間が必要ですし、最初から全部を決める必要もありませんから』


主人公は、画面を見つめた。


教師にも、似たようなことを言われたばかりだった。


『最近、同じようなことを何度か聞いた気がする』


『大切なことは、別の人から何度も聞くことがあるのかもしれませんね』


彼は笑い、短く返した。


『そうかもしれない』


会話はそこで終わった。


主人公は端末を置き、明日の仕事の準備をした。


レイヴンは、明日も倉庫に来る予定だった。


短期参加者としての滞在は、まだ続いている。


彼が何を望んでいるのかは分からない。


しかし、今の段階で、それを知ろうと無理をする必要もなかった。


明日、彼が何をするのか。


自分が何をするのか。


それぞれの行動を見てから、次の判断をすればいい。


主人公は灯りを消した。


まだ何も決まっていない。


それでも、決まっていないことを理由に、すべてを疑う必要はなかった。

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