第230章 予定された来訪者
同じ頃、時代管理計画の運営フロアでは、一つの企画書が承認待ちの一覧に加えられていた。
企画名は「外部出演者による短期参加」。
提出元は、競合する別の運営プラットフォームだった。
担当者が資料を開くと、最初に目に入ったのは出演者の実績だった。複数の時代を渡り歩き、短期間で高い支持数を獲得した人物。戦闘能力だけでなく、現地の人間関係を利用して状況を変えることにも長けている。
出演者の識別名は、レイヴン。
資料には、過去の参加記録と視聴者評価が並んでいた。
勝利数は多い。しかし、単純な戦闘力だけで評価されているわけではなかった。
ある時代では、現地の有力者と協力して敵対勢力を排除した。
別の時代では、正面から戦うことを避け、複数の勢力を競わせることで自分の立場を強化した。
また別の時代では、任務の達成よりも、視聴者の関心を引きつける展開を優先したと記録されている。
同じ人物でも、参加した時代や条件によって行動は変わっていた。
資料を読み終えた女性管理者は、画面を閉じずに尋ねた。
「参加の目的は何ですか」
向かい側に座っていた副責任者が答えた。
「表向きは、異なる運営環境における出演者の適応能力を検証することです。短期参加なので、こちらの時代管理計画に大きな変更を加える必要はありません」
「表向きではない目的もある、ということですか」
副責任者は一瞬だけ黙った。
「競合側としては、こちらの企画の反応を見たいのでしょう。ですが、それ自体は珍しいことではありません。こちらも、彼らの出演者を受け入れることで、比較可能な評価データを得られます」
女性管理者は、資料の参加条件を開いた。
「参加期間は?」
「当初は七日間です。双方の評価が基準を満たせば、延長を申請できます」
「現地の情報へのアクセス権限は?」
「通常の出演者と同じ範囲です。管理者用の情報にはアクセスできません」
「こちらが管理する出演者との直接的な接触については?」
「制限はありません。ただし、運営側から特定の人物への接触を指示することはできません」
女性管理者は、いくつかの項目に印を付けた。
「では、参加を受け入れる場合、行動記録をこちらでも保存してください。競合側の記録だけで評価を完結させないこと。現地の人間関係に介入した場合は、戦闘記録とは別に報告させること。そして、参加期間の延長は自動承認にしないでください」
副責任者は頷いた。
「承知しました」
しかし、彼が提出した修正案には、すでに別の条件が加えられていた。
出演者の活動範囲を広げること。
一定の成果が得られた場合、追加の行動権限を認めること。
その判断を、現場の評価だけでなく、競合側の推薦によっても進められるようにすること。
女性管理者は、その項目を見つけた。
「これは誰が追加したのですか」
「競合側の要望です。短期参加者に十分な活動機会を与えなければ、評価の公平性を確保できないという主張でした」
「活動機会と行動権限は同じではありません」
「ええ。ただ、参加条件の交渉では、ある程度の譲歩も必要になります」
女性管理者は副責任者を見た。
彼は穏やかな表情を崩していなかった。
「譲歩する範囲は、こちらが決めます。相手の希望を、そのまま条件に書き込まないでください」
「分かりました。修正します」
副責任者は資料を回収した。
会議は、それで終わった。
女性管理者は、競合側がなぜこの時期に出演者を送り込んできたのかを考えた。
単純な視聴者獲得競争なら、もっと分かりやすい企画でもよかったはずだ。
しかし、今回の申請は、特定の時代への参加を希望していた。
しかも、参加期間は短いにもかかわらず、活動範囲の拡大を強く求めている。
それが何を意味するのか、今の資料だけでは判断できなかった。
彼女は、申請を拒否するのではなく、条件付きで承認する方針を選んだ。
理由は二つあった。
競合側の要求をすべて拒絶すれば、相手は別の経路から同じ企画への介入を試みるかもしれない。
一方で、受け入れれば、少なくともこちらの管理下で行動を記録できる。
完全に防ぐことができないのなら、範囲を限定し、何が起きたのかを確認できる状態にしておく。
彼女にできるのは、そこまでだった。
*
主人公が翌朝に向かったのは、前日とは別の倉庫だった。
紹介元から聞いていたとおり、仕事は軽い整理作業だった。棚に並んだ道具を分類し、使われていない区画を片づける。
右手に強い負担がかからないよう、重い物は別の作業員が運んでいた。
午前中の仕事が終わる頃、倉庫の入口が騒がしくなった。
数人の作業員が外を見ている。
主人公も顔を向けた。
見慣れない男が、倉庫の責任者と話していた。
男は年齢が近く、動きに無駄がなかった。服装は特別目立つものではない。しかし、初めて来た場所のはずなのに、入口から作業台、通路、出口へと視線を巡らせる様子には迷いがなかった。
責任者が何かを説明すると、男は短く頷いた。
「なるほど。ここでは、その順番で作業を進めるんですね」
「そうです。初めてなら、先に説明を受けてください」
「もちろんです。勝手に手順を変えるつもりはありません」
男は笑顔で答えた。
その態度には、相手を刺激しないための配慮があった。
やがて責任者が作業員たちを集めた。
「今日から、短期間ですが、こちらの応援に来てもらう方です。レイヴンさんです。作業の進め方は私が説明しますので、分からないことがあれば確認してください」
レイヴンは軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします。できるだけ早く仕事を覚えます」
その場にいた人々は、それぞれ簡単に挨拶を返した。
主人公も同じように頭を下げた。
特別な印象はなかった。
新しい作業員が来ること自体は珍しくない。短期間の応援であれば、なおさらだ。
レイヴンは責任者の説明を聞きながら、棚の配置や作業員の動きを確認していた。
そして、昼過ぎには、他の作業員よりも早く仕事の流れを把握していた。
ただし、彼は自分だけで作業を進めようとはしなかった。
分からないことがあれば尋ね、判断が必要なところでは責任者を呼んだ。
その慎重さは、周囲の警戒を少しずつ解いていった。
休憩時間、レイヴンは主人公の隣に腰を下ろした。
「右手、怪我をしているんですか」
主人公は、包帯の外れた手を見た。
「少し痛めただけだ。今は回復している」
「それならよかった。無理をすると、治るまでの時間が長くなりますからね」
「そうだな」
会話はそこで終わると思った。
しかし、レイヴンは飲み物を一口飲んでから、何気ない調子で続けた。
「ところで、ここでは仕事を長く続ける人が多いんですか」
「人によると思う。仕事が続くこともあれば、途中で終わることもある」
「先のことが分からないと、予定を立てにくいですね」
「そういうものだと思っている」
レイヴンは主人公を見た。
「不安にはなりませんか」
主人公は、少し考えてから答えた。
「不安になることはある。でも、先が分からないからといって、何もできないわけじゃない」
「なるほど」
レイヴンはそれ以上、質問を重ねなかった。
午後の作業が再開されると、彼は別の区画へ移った。
主人公は、再び自分の仕事に戻った。
見知らぬ人間が来た。
その人物は仕事を覚えるのが早く、周囲への接し方も丁寧だった。
それ以上のことは、まだ分からない。
主人公は、相手の正体を探ろうとはしなかった。
ただ、レイヴンが初めて倉庫へ入ったとき、責任者が説明する前に出口の位置を確認していたことを思い出した。
それは、危険を避けるための習慣なのかもしれない。
あるいは、単に周囲をよく見る人間なのかもしれない。
どちらであっても、今のところ、仕事に支障はなかった。
*
同じ日の夜、女性管理者の端末に、短い報告が届いた。
外部出演者の参加が開始されたこと。
現地側との接触に問題がなかったこと。
初日の行動記録が、予定どおり保存されたこと。
彼女は報告を確認し、承認済みの条件と照らし合わせた。
記録上、問題は見つからなかった。
だが、最後の項目に目が留まった。
出演者は初日の活動範囲を超える行動を取っていない。
それにもかかわらず、周囲の人物の位置関係や、現地の作業手順について、通常より多くの情報を把握していた。
それ自体は違反ではない。
優れた出演者であれば、限られた時間で環境を理解することもある。
女性管理者は、記録に追加の監視指示を出すことはしなかった。
代わりに、次回の定期評価で、競合側の報告とこちらの記録を照合するよう指示した。
それから、個人端末に届いていた未返信のメッセージを開いた。
主人公からだった。
『今日は新しい仕事に入った。短期間の応援で、知らない人も増えた。今のところ、特に問題はない』
彼女は、その文章を読み返した。
仕事の内容について、詳しいことは書かれていない。
それでも、彼が新しい場所で生活を続けていることは分かった。
彼女は返事を打った。
『新しい環境に慣れるまでは、疲れやすいと思います。無理をしないでくださいね』
送信してから、彼女は仕事用の画面へ戻った。
外部出演者の参加は、まだ始まったばかりだった。
何か問題が起きたと決まったわけではない。
しかし、彼女は一つのことを理解していた。
今回の受け入れによって、彼女の管理する時代に、新しい競争相手が加わった。
その人物が何を求め、どこまで行動するのか。
それを決めるのは、彼女だけではない。
そして、彼女が管理できる範囲の外側にも、彼女の知らない事情が存在している。
そのことを忘れないために、彼女は承認した条件をもう一度確認した。
七日間。
それが、最初に与えられた期間だった。




