第216章 別の倉庫
翌朝、店主から新しい依頼書を渡された。
運搬先は町の西側にある倉庫だった。金属製の留め具と小型の工具を合わせて三箱。受取人の名前と受領書の扱いは記載されていたが、運搬経路については指定がなかった。
彼は依頼書を読み終え、店主に尋ねた。
「この倉庫へ運ぶ仕事は、以前にもありましたか?」
「何度かある。特に問題は起きていない」
「分かりました」
彼は荷物の番号を確認し、別の運び手と一緒に荷車へ積み込んだ。
右手はまだ完全には回復していない。彼は重い箱を持ち上げず、相手が荷車へ載せるのを手伝い、箱が安定していることを確かめた。
出発してからしばらくして、二人は道を分ける交差点に着いた。
通常の道を進めば、西側の倉庫まで少し遠回りになる。一方、細い路地を通れば近道になるが、荷車がすれ違うには狭い場所がある。
もう一人の運び手が言った。
「近道を通ろう。時間を節約できる」
彼は路地の入口を見た。
荷車が通った跡はある。しかし、奥の様子までは見えない。
「先に道の幅を確認しませんか。荷車が通れなければ、途中で戻ることになります」
「そんなに時間をかける必要はない。昨日もこの辺りを通った」
男は先へ進もうとした。
彼は一度立ち止まったものの、相手の仕事まで勝手に決めるつもりはなかった。
「俺は通常の道を通ります。依頼書には経路の指定がありませんから、どちらを通るかはそれぞれ判断できます。ただ、荷物を一緒に運ぶ約束なら、出発前に決めておきたいです」
男は面倒そうに振り返った。
「別々に運ぶのか?」
「荷物を分けて運ぶなら、それでも構いません。ただし、受取人と数量は同じように確認しましょう」
男は少し考えた後、近道を通ることをやめた。
「分かった。通常の道で行こう」
二人は再び荷車を押し始めた。
道の途中で、荷車の車輪から小さな音がした。
彼はすぐに荷車を止めた。
車輪が壊れているわけではない。しかし、回転するたびに、金属が擦れるような音がする。
もう一人の運び手が車輪を確認した。
「小石でも挟まったんだろう」
「そうかもしれません。ただ、荷物を載せたまま走らせる前に、確かめた方がいいと思います」
二人は荷車を道の端へ寄せ、荷物が動かないように固定した。
彼は車輪の周囲を目で確認した。右手では触れず、左手で荷車を支えながら、車輪の隙間に何かが挟まっていないかを調べる。
やがて、車輪の内側に小さな金属片が引っかかっているのが見つかった。
彼は動きを止めた。
金属片は薄く、端が少し曲がっていた。表面には擦れた跡がある。
彼はそれをすぐに取り外さず、まず荷車の状態を確認した。車輪を無理に回せば、金属片がさらに奥へ入り込む可能性があった。
「修理屋に見てもらった方がよさそうです」
もう一人の運び手は不満そうだった。
「こんな小さなもののせいで、仕事を遅らせるのか?」
「このまま走らせて車輪が壊れたら、荷物も運べなくなります」
男はしばらく考え、近くの修理屋へ連絡を取りに行った。
彼は荷車のそばに残り、荷物から目を離さなかった。
しばらくして、修理屋の職人がやってきた。
職人は車輪を調べ、金属片を慎重に取り外した。
「これが引っかかっていたせいで、音が出ていたんだろう。ただ、これがどこから来たものかは分からない」
彼は金属片を見た。
形は小さく、特別な印も見当たらない。
「この部品は、車輪のどこかに使われるものですか?」
「いや、少なくとも、この荷車の部品ではない。どこかから落ちたものが挟まったのかもしれない」
職人は金属片を布に包み、荷車の持ち主に渡した。
彼は、その様子を見ていた。
以前、荷車の事故が起きた際にも、黒い袖の男が金属片を拾い上げていた。
あのときの金属片と、今回のものが同じだとは限らない。形も用途も、まだ確認できていない。
彼は修理屋に尋ねた。
「こういう金属片が道に落ちていることは、よくありますか?」
「珍しくはない。荷車の部品が外れることもあれば、工房から運ばれてきた金属くずが落ちることもある」
「分かりました」
彼は、それ以上質問しなかった。
車輪の問題が解決すると、二人は運搬を再開した。
予定時刻より遅れて倉庫に到着したが、受取人は事情を聞き、受領書に到着時刻を記録した。
彼は箱の番号と数量を照合し、三箱すべての引き渡しを終えた。
倉庫を出た後、もう一人の運び手が言った。
「今日はずいぶん慎重だったな」
「途中で車輪に問題が起きましたから」
「小さな金属片が挟まっていただけだ。大げさに考えすぎじゃないか?」
彼は首を横に振った。
「金属片がどこから来たのかは分かりません。ただ、車輪に異常があったことは確かです。確認してから運び続けた方が、結果的に早く終わることもあります」
男は肩をすくめた。
「まあ、荷物は無事に届いたんだからいいだろう」
彼はそれ以上、議論を続けなかった。
倉庫へ戻ると、店主に遅れた理由を報告した。
店主は荷車の状態について確認し、必要な修理が行われたことを聞くと、仕事を終了させた。
彼は報酬を受け取り、金属片のことも記録に残した。
発見した場所。
荷車の車輪に挟まっていたこと。
修理屋が取り外したこと。
その金属片がどこから来たのかは、分からないこと。
彼は、以前の事故に関する記録を取り出した。
事故の現場で黒い袖の男が金属片を拾ったこと。荷車の車輪から一部の金属がなくなっていたと聞いたこと。
今日の金属片が、それらと関係している可能性はある。
しかし、同じものだと判断する根拠はなかった。
彼は二つの記録を並べた後、別々に保管した。
同じ種類の出来事に見えても、同じ原因とは限らない。
反対に、今は別々に見えているものが、後になってつながることもある。
どちらなのかを決めるには、まだ情報が足りなかった。
夕方、訓練場に着くと、男は彼の歩き方を見て言った。
「今日は、右足をかばっているな」
「荷車を止めたとき、少し踏ん張りすぎたようです」
「なら、今日は走るな。足の状態を確認して、動かせる範囲で練習する」
彼は言われたとおり、ゆっくり歩き、足に痛みが出ないことを確かめた。
その後は、距離を保ちながら進路を変える練習をした。
疲労が残っていたため、動きは鈍かった。男に進路を塞がれることも多かったが、彼は無理に突破しようとせず、一度距離を取り直すことを意識した。
訓練の終わりに、男が尋ねた。
「今日は、何を覚えた?」
彼は少し考えた。
「目の前の問題を解決するだけでなく、その後も仕事を続けられる状態を残すことです。荷車を無理に動かせば、途中で壊れていたかもしれません」
「それだけか?」
「それから、見つけたものの理由を、勝手に決めないことです」
男は短くうなずいた。
「それなら、今日は十分だ」
宿へ戻ると、彼は右手の傷を確認した。
少し疲れていたが、傷が大きく開くことはなかった。
今日の仕事は無事に終わった。
ただ、荷車に挟まっていた金属片の由来は分からないままだった。
彼は記録をしまい、明日の予定を考えた。
明日も仕事があるかもしれない。
なければ、別の仕事を探せばいい。
今の彼にできることは、目の前の生活を維持しながら、身体と判断力を少しずつ鍛えていくことだった。




