第215章 予定にない訪問者
翌朝、彼が倉庫に着くと、店主はいつもより早く帳面を閉じた。
「今日は、いつもの記録仕事を少し減らしてほしい」
「何かあったんですか?」
「昨日運んだ金属部品について、工房から追加の確認が来ている。数量に問題はなかったが、部品の一部が予定していた用途に合わないらしい」
彼は昨日の受領書を思い出した。
番号と数量は確認した。箱の中身を開けて、部品の種類や用途まで確かめたわけではない。
「私にできるのは、運んだ箱の番号と数量を確認することです。中身が用途に合っていたかどうかは、確認していません」
「それでいい。工房から問い合わせがあったとき、記録を見せられるようにしておきたい」
彼は帳面を取り出し、昨日の記録を確認した。
四箱の番号、出発時刻、到着時刻、受領書の控え。どれも残っていた。
店主はそれを確認し、帳面を戻した。
「これなら、運んだ荷物については説明できるな」
午前中、彼は倉庫に残っている箱の記録を整理した。
昼前になると、入口から一人の男が入ってきた。
年齢は四十歳前後。濃い色の上着を着ており、右手に折り畳んだ紙を持っていた。
「昨日、東側の工房へ金属部品を運んだ者はいるか?」
店主が答えた。
「私が手配した運び手だ。何の用だ?」
男は彼の方を見た。
「お前か?」
「はい。昨日、四箱を運びました」
男は紙を広げた。
そこには、金属部品の番号と数量が書かれていた。昨日の依頼書に記載されていた番号と、いくつか一致している。
「この荷物について、確認したいことがある」
彼は紙を見たが、すぐには受け取らなかった。
「どのような確認でしょうか」
「運んだ箱の中に、別の部品が混ざっていなかったか?」
「箱の外側の番号と数量は確認しました。ただ、中身を開けて種類を確かめる仕事ではありませんでした」
男は不満そうに眉を寄せた。
「中身を見ずに運んだのか?」
「依頼書には、箱の番号と数量が記載されていました。箱を開ける指示はありませんでした」
「だが、部品が違っていたら、運び手にも責任があるだろう」
彼は男を見た。
「運ぶ前に箱が開いていたり、外側の表示と依頼書が違っていたりした場合は、確認が必要だと思います。しかし、昨日の四箱については、外側の番号と数量が依頼書に一致していました」
男は紙を握り直した。
「では、荷物を受け取った工房に問題があると言いたいのか?」
「いいえ。私は、どこに問題があったのかを判断できる立場ではありません」
店主が会話に入った。
「こちらも、依頼書に記載された荷物を運ぶよう手配した。受領書も残っている。必要なら、工房と依頼主の間で確認してくれ」
男は店主を見た後、再び彼に視線を戻した。
「一つだけ聞く。運んでいる途中で、誰かが荷物に触れたか?」
彼は昨日の運搬を思い返した。
途中で荷車が倒れた事故があり、二人の運び手が荷物を集めていた。彼自身は事故現場で散らばった部品を動かそうとしたが、荷主に止められて手を引いた。
ただし、昨日運んだ四箱は、その事故に遭った荷車の荷物ではない。
「昨日、別の荷車が倒れている現場には遭遇しました。ただ、私たちが運んでいた箱とは別の荷物です。私たちの箱については、運搬中に誰かが触れたことは確認していません」
男は少し黙った。
「別の荷車?」
「はい。道を塞いでいたので、通行できるようにする手伝いをしました。ただ、事故の原因や荷物の所有者については、詳しく知りません」
男はそれ以上、質問しなかった。
彼は紙を折り畳み、上着の内側にしまった。
「分かった。こちらで確認する」
男は倉庫を出ていった。
店主は入口を見送り、ため息をついた。
「最近、荷物のことで確認が増えたな」
彼は何も言わなかった。
今回の男が何者なのか、誰から依頼されて確認に来たのかは分からない。
昨日の金属部品と、男が持っていた紙に記された番号には一致するものがあった。しかし、それだけで男の立場や、部品が用途に合わなかった理由まで分かるわけではない。
店主は彼に言った。
「さっきの話は、記録に残しておいてくれ。誰が来て、何を尋ね、こちらが何を答えたか。それだけでいい」
「分かりました」
彼は来訪時刻と質問内容を記録した。
男の名前は分からない。所属も確認できていない。
そのため、記録には「濃色の上着を着た男」とだけ書いた。
午後、彼はいつもの仕事に戻った。
番号を確認し、箱の配置を記録し、必要な情報を店主へ伝える。作業自体は変わらなかったが、彼は以前よりも、自分が何を確認しているのかを意識するようになっていた。
箱の番号を確認することと、中身の品質を保証することは違う。
荷物を運んだことと、受取人がその後どのように扱ったかを知っていることも違う。
自分が実際に見たことと、誰かから聞いたことも、同じ記録に混ぜない方がいい。
仕事を終える頃、店主は彼に明日の予定を伝えた。
「明日は、別の倉庫へ部品を運ぶ仕事がある。依頼書は今、先方に確認しているところだ。条件が決まったら知らせる」
「分かりました」
彼は報酬を受け取り、宿へ向かった。
途中、直人と合流した。
直人は今日の出来事を聞くと、少し考え込んだ。
「その男は、昨日の部品について何か知っていたんだろうか」
「番号が書かれた紙は持っていた。でも、何を知っているのかまでは分からない」
「事故の話を聞いたとき、反応が変わったか?」
「少し黙った。ただ、それだけで事故と関係があるとは言えない」
直人はうなずいた。
「そうだな。似た話をしても、同じ問題とは限らない」
二人は宿へ戻った。
彼は記録を整理し、今日の来訪者についても、ほかの記録とは別に保管した。
昨日の事故。
今日の部品に関する問い合わせ。
男が持っていた番号の一覧。
それぞれに関連がある可能性はある。しかし、今の段階では確かめられていない。
彼は、無理に一つの話にまとめることはしなかった。
その夜、訓練場では、男が彼にいつもより長い距離を走らせた。
「今日は、少し疲れているな」
「仕事で確認することが多かったので」
「頭を使うことと、身体を動かすことは別だ。疲れているなら、疲れているなりの動き方を覚えろ」
彼は走る速度を落とし、呼吸を整えた。
訓練の最後には、相手が進路を塞いだとき、左右どちらへ抜けるかを判断する練習をした。
何度も動きを止められたが、最後には一度、相手の動きに合わせて進路を変えられた。
男は短く言った。
「今の動きは、覚えておけ。毎回うまくいくとは限らないが、選択肢が一つ増えた」
彼はうなずいた。
宿へ戻る道で、彼は今日の出来事を振り返った。
仕事をしていると、自分が知らない事情に触れることがある。
その事情をすべて理解することはできない。
しかし、自分が見たこと、聞いたこと、実際に行ったことを分けておけば、必要になったときに確認できる。
それは、問題を解決する力そのものではない。
だが、問題が起きたとき、自分まで不確かな話に巻き込まれないための準備にはなる。
彼は右手の傷を確かめ、明日の仕事に備えて休んだ。




