第213章 仕事を選ぶ者
翌朝、彼が倉庫に着くと、店主は入口で待っていた。
「今日は、いつもの記録仕事とは別に頼みたいことがある」
店主が差し出したのは、一枚の作業依頼書だった。
倉庫に保管している金属部品を、町の東側にある工房へ運ぶ仕事だった。荷物は三箱。運搬先と予定時刻は記載されているが、受取人の欄には工房の名前しかなかった。
彼は依頼書を最後まで読んだ。
「運ぶ人は、私以外にもいますか?」
「もう一人、別の運び手を手配している」
「受け取りの確認は、誰が行いますか?」
「工房の責任者が受け取る予定だ」
「責任者の名前と、受け取りの記録については?」
店主は依頼書を見直した。
「名前までは聞いていない。受領書は向こうで用意するはずだ」
彼は少し考えた。
以前の仕事で、受取人が確認できないまま荷物を渡すよう求められたことがある。今回も、ただちに危険な仕事だと決まったわけではない。しかし、引き受ける前に確認しておきたいことはあった。
「責任者の名前と、受領書を誰が用意するのかを確認していただけますか。それが分かれば、引き受けるかどうか判断できます」
店主は不満そうに息を吐いた。
「仕事をする前から、そこまで確認する必要があるのか?」
「必要な確認ができないまま運ぶと、荷物を渡した後で問題になる可能性があります。私は、運ぶこと自体を断っているわけではありません」
店主は依頼書を机に置いた。
「分かった。先方に聞いてみる」
彼は自分の作業場所へ向かった。
午前中は、いつもの記録の確認を続けた。
右手の傷は少しずつ回復している。まだ強く握ることは難しいが、紙を扱い、番号を確認する程度なら支障は少なかった。
昼前、店主が戻ってきた。
「先方から返事があった。責任者は工房の職人頭で、名前も確認できた。受領書は荷物を受け取るときに、その場で記入するそうだ」
店主は新しい依頼書を差し出した。
受取人の名前が記され、運搬する三箱の番号も明記されていた。荷物を渡した際には、数量と時刻を記録した受領書を受け取ることになっている。
彼は内容を確認した。
「これなら引き受けられます」
「最初からそう言ってくれれば、話が早かったんだがな」
店主はそう言ったが、彼は言い返さなかった。
確認を求めることが、相手にとって余計な手間になる場合もある。
それでも、必要な条件が曖昧なまま仕事を引き受けるより、先に確かめた方がいい場面はあった。
午後、彼はもう一人の運び手と合流した。
相手は三十代くらいの男で、荷物を確認すると、すぐに運搬を始めようとした。
「三箱なら、先に二箱を運んで、残りを取りに戻ればいい」
男は荷車を動かしながら言った。
彼は荷物の番号を確認した。
三箱とも依頼書に記載された番号と一致している。
「一度に運べないんですか?」
「道が狭いからな。無理に積めば、途中で荷崩れする」
男の説明には納得できる部分があった。
彼は、二箱を先に運ぶことに同意した。
ただし、残りの一箱を倉庫に置いたままにすることと、二箱を先に届けたことを記録した。
東側の工房に到着すると、職人頭が出てきた。
「二箱だな。残りはどうした?」
「荷崩れを避けるため、二回に分けて運んでいます。こちらが先に届けた二箱の番号です」
彼は依頼書を見せた。
職人頭は番号を照合し、受領書に数量と時刻を記入した。
「残りの一箱も、今日中に届くのか?」
「その予定です」
「分かった。届いたら、改めて確認する」
彼は受領書の控えを受け取り、二箱の引き渡しが完了したことを記録した。
倉庫へ戻る途中、もう一人の運び手が声をかけてきた。
「お前、ずいぶん細かく記録するんだな」
「後から確認が必要になることがあるので」
「俺は、荷物を運んで金をもらえればそれでいいと思っている。余計なことに時間を使いたくない」
彼は男の言葉を否定しなかった。
男には男の考えがある。仕事を早く終わらせたいのも、余計な手間を避けたいのも理解できる。
ただ、彼自身は、荷物を運んだという事実を後から説明できるようにしておきたかった。
倉庫に戻ると、残りの一箱を積み込んだ。
今度も、番号を確認してから荷車を動かした。
工房に到着したのは、予定時刻を少し過ぎた頃だった。
職人頭は残りの箱を確認し、受領書に数量を記入した。
三箱すべての引き渡しが終わった。
彼は受領書の控えを受け取り、倉庫へ戻った。
店主は記録を確認すると、うなずいた。
「問題なく終わったな」
「はい」
「明日も同じ仕事を頼めるかもしれない。先方が追加の部品を必要としているらしい」
彼は、すぐに承諾しなかった。
「依頼書の内容を確認してから、返事をします」
店主は苦笑した。
「分かった。用意できたら見せる」
仕事を終えた彼は、報酬を受け取り、宿へ向かった。
直人は、今日の仕事について聞くと、少し驚いた様子だった。
「前なら、条件を確認すること自体に時間をかけていたかもしれないな」
「今も確認はしている。ただ、確認できたら仕事をする。問題がないと分かった後まで、疑い続ける必要はない」
「逆に、確認できないときは?」
「そのときは、条件が整うまで待つか、別の仕事を探す」
直人はうなずいた。
「ずいぶん簡単な話になったな」
「簡単になったわけじゃない。確認できることと、確認できないことを分けただけだ」
宿に戻ると、彼は今日の報酬と生活費を整理した。
収入はまだ安定していない。
右手も完全には治っていない。
それでも、今の自分にできる仕事を見つけ、必要な条件を確認し、終わった仕事の記録を残すことはできる。
明日も同じようにうまくいくとは限らない。
しかし、今日の経験は、次の仕事を選ぶときにも役立つだろう。
彼は記録をしまい、明日の訓練に備えて休んだ。




