第204章 届かなかった知らせ
翌朝、直人が戻ってきたとき、手には一枚の紙があった。
「昨日、仕事を断った仲介人からだ」
彼は紙を受け取った。
そこには短い文章が書かれていた。
《昨日の依頼について、こちらの説明が不足していた。今日の午後、事務所へ来てほしい。条件を改めて説明する。》
署名は、いつもの仲介人のものだった。
彼は二度読み返した。
「どう思う?」
直人が尋ねた。
「話を聞く価値はあると思う。ただし、仕事を引き受けると決めたわけじゃない」
「俺も一緒に行く」
「頼む」
彼は紙を記録の束に入れず、机の端に置いた。
昨日の依頼を取り消したことと、今日改めて説明を受けることは別の出来事だ。相手が考えを変えたのか、依頼主から新しい指示があったのか、それとも単に別の事情があるのか。今の時点では分からなかった。
午後、二人は仲介人の事務所へ向かった。
仲介人は以前より落ち着いた様子で、机の上に新しい依頼書を置いていた。
「昨日の件だが、受取人の名前が分からなかったのは、倉庫側の担当者が交代していたからだ」
「交代したことは、依頼主から伝えられていなかったんですか?」
「そうだ。依頼主は以前の担当者が受け取るものと思っていた。倉庫側は、担当者が変わったことを依頼主へ伝えたつもりだったらしい」
彼は依頼書を見た。
「では、昨日、俺が届けたとしても、受け取る人がいなかった可能性があるんですね」
「その可能性はあった」
仲介人は認めた。
「ただ、倉庫には別の人間がいる。お前がそこへ行けば、事情を聞いて受け渡しができたかもしれない」
「その場合、受け取った人の名前や記録は残せたんですか?」
仲介人は少し考えた。
「倉庫側が応じればな」
「応じなかった場合は?」
「そのときは、依頼主に連絡して指示を待つことになっただろう」
彼はうなずいた。
昨日の時点で、その説明はなかった。
ただし、仲介人が事情を隠していたのか、それとも自分自身も知らなかったのかは分からない。
「今回は、受取人が決まったんですか?」
「決まった。倉庫側から正式な担当者の名前が届いた。受領の記録も残せる」
仲介人は新しい依頼書を差し出した。
彼は内容を確認した。
受け取り場所、届け先、担当者の名前、報酬、期限が記されている。以前の依頼書と違い、受領の記録についても一文が加えられていた。
「この条件なら、引き受けることを考えられます。ただ、昨日の荷物については、どうなっていますか?」
仲介人は表情を曇らせた。
「昨日の荷物は、まだ保管されている。受取人が変わったことで、依頼主と倉庫側の確認が続いているらしい」
「では、昨日の仕事は、まだ終わっていないんですね」
「そうなる」
「報酬については?」
「荷物を届けていない以上、まだ支払えない。ただし、お前が仕事を途中で放棄したわけではないことは、こちらから依頼主へ伝えてある」
彼はその言葉を記録した。
仕事を放棄したのではなく、受取人を確認できずに引き渡しを保留した。その判断が、仲介人を通じて依頼主へ伝えられたという。
少なくとも、昨日の時点より状況は明確になっていた。
「分かりました。新しい仕事については、受け取り場所と届け先を確認してから返事をします」
仲介人は不満そうな顔をしたものの、反対はしなかった。
「今日中に返事をくれ」
「分かりました」
事務所を出ると、直人が言った。
「昨日の説明が不足していたことは、認めたな」
「そうだな」
「なら、最初からそう説明すればよかったのに」
「相手も、最初から事情をすべて知っていたとは限らない。担当者が交代したことを、誰かが伝えたつもりになっていた可能性もある」
彼は歩きながら続けた。
「ただし、説明が不足していたことで、俺たちが判断に困ったのも事実だ」
直人はうなずいた。
「今回のことで、誰かを悪者に決める必要はないということか」
「誰かの責任がなくなるわけでもない。情報を伝えるべき人間が伝えなかったなら、その問題は残る。ただ、誰が何を知っていたのかを確かめる前に、全部を同じ理由で説明することはできない」
二人は宿へ戻り、新しい依頼書を改めて確認した。
受け取り場所は、以前の北の倉庫とは別の建物だった。届け先は町の東側にある修理工房で、担当者の名前も記されている。
彼は報酬と期限を確認し、受け取りの際に数量を照合すること、届け先で受領の記録を残すことを、依頼主へ確認する文章にまとめた。
直人が読み終えると、彼はその文章を仲介人へ渡した。
返事は夕方に届いた。
条件に問題はない。指定された時刻に来てほしいという。
彼はようやく、依頼を引き受けると返事をした。
ただし、これで何もかも解決したわけではない。
昨日の荷物はまだ保管されたままで、最初の仕事の報酬も決まっていない。今回の依頼が予定どおりに進むかどうかも、実際に受け渡しを行うまでは分からなかった。
彼は机に向かい、今日の経緯を記録した。
仲介人が説明した担当者の交代。
倉庫側と依頼主の間で、情報が伝わったと思われていたこと。
昨日の仕事が保留のままであること。
そして、新しい依頼では受取人の名前と受領の記録が確認できたこと。
最後に、彼は一行だけ書き加えた。
《説明が後から届くことはある。しかし、届く前に起きた問題まで、なかったことになるわけではない。》
彼は筆を置いた。
昨日、彼は仕事を失うかもしれないと考えた。
今日、その仕事の一部は別の形で戻ってきた。
それでも、昨日の判断が正しかったかどうかを、今日の結果だけで決めるつもりはなかった。
結果がよかったからといって、確認しないまま荷物を渡してもよかったとは限らない。結果が悪かったとしても、条件を確かめたこと自体が間違いだったとは限らない。
重要なのは、何を知っていて、何を知らず、どの条件で行動したのかを、後からでも説明できることだった。
彼は記録をしまい、翌日の仕事の準備を始めた。
今度は、指定された場所へ荷物を運ぶ。
ただし、荷物を渡す瞬間まで、確認を終えたことにはしない。
それが、今の彼にできるやり方だった。




