第202章 仕事の代償
翌朝、彼が目を覚ますと、直人が机の前に座っていた。
「昨日の仕事、連絡が来たぞ」
彼は身体を起こした。
「依頼主からか?」
「仲介人からだ。荷物は無事に保管されている。届け先を確認するまで、仕事は保留になったらしい」
「報酬は?」
「まだ出ないそうだ」
彼は短く息を吐いた。
予想していたことではある。
しかし、仕事を引き受けた以上、時間を使ったことも、移動したことも事実だった。結果として荷物を渡せなかったため、報酬が支払われない可能性もある。
「それで、俺たちに何か言っていたか?」
「面倒な運び手だと思われたかもしれないな。ただ、正式に仕事を取り消すという連絡もない」
彼はうなずいた。
「なら、まだ判断できない」
直人は机の上に紙を置いた。
「もう一つ。昨日の荷物を受け取ろうとした男だが、工房の人間ではなかったらしい」
彼は紙を手に取った。
「誰から聞いた?」
「仲介人だ。工房に確認したところ、あの男は普段から出入りしているわけではない。ただ、以前にも荷物の受け取りについて問い合わせたことがあったそうだ」
「問い合わせただけか?」
「そうだ。実際に荷物を受け取ったかどうかは、分からない」
彼はその情報を書き留めた。
工房の関係者ではない男が、荷物を受け取ろうとした。
しかし、男が誰なのか、誰の依頼で動いていたのか、以前に何を受け取ったのかは分からない。
今の段階では、疑い以上のものはなかった。
「その男の特徴は?」
「仲介人は、背が高く、首の横に古い火傷の痕があったと言っていた」
彼は筆を止めた。
昨日、若い作業員から聞いた人物の特徴と一致する。
仕事を配っていた人物で、首の周囲に古い火傷の痕があった男。
ただし、同じ特徴を持つ人物が別にいる可能性もある。若い作業員が見た人物と、工房で荷物を受け取ろうとした人物が同一だと、まだ確定したわけではなかった。
「直人。その男が、以前に荷物を受け取ったことがあるか、確認できるか?」
「仲介人を通じて聞くことはできる。ただし、相手が答えるとは限らない」
「無理に聞かなくていい。まずは、今分かっていることだけ記録しておこう」
直人は彼の判断に従った。
二人が話していると、扉が叩かれた。
外にいたのは、昨日の訓練を担当した男だった。
「今日は来なかったな」
「すみません。昨日の仕事の後始末がありました」
「謝る必要はない。来られないなら、それでいい。ただし、連絡は入れろ」
男は部屋の中へ視線を向けた。
「傷はどうだ?」
彼は包帯を見せた。
「少しずつ治っています」
「なら、今日は走らなくていい。外を歩け。自分の身体がどの程度動くのかを確かめろ」
男は彼の返事を待たず、続けた。
「それと、仕事の話を聞いた。荷物を渡さずに帰ったそうだな」
彼は警戒した。
「誰から聞いたんですか?」
「仕事を仲介した人間だ。お前が仕事を終わらせなかったので、困っているらしい」
「届け先で、受け取る人を確認できなかったんです」
「それは聞いた」
男は椅子に座った。
「では、質問だ。お前は、荷物を渡さなかったことで何を守った?」
彼は考えた。
「誰が受け取ったのか分からない状態になることを避けました」
「それだけか?」
「荷物を失うことも避けました。依頼主の指示と違う相手に渡せば、後で問題になる可能性があるからです」
男はうなずいた。
「では、何を失った?」
「仕事が終わらず、報酬が支払われない可能性があります。依頼主から信用されなくなるかもしれません」
「ほかには?」
彼は少し考えた。
「次の仕事を紹介してもらえなくなる可能性もあります」
「そうだ」
男は指で机を軽く叩いた。
「お前は、危険を避ける判断をした。その判断には理由がある。だが、判断には代償もある。相手が悪いから仕方ない、と考えて終わらせるな。お前が何を選び、何を失う可能性があるのかを知っておけ」
彼は黙って聞いていた。
「ただし、報酬が欲しいからといって、何でも引き受ければいいわけでもない。金を受け取ることと、自分が何をしたかに責任を持つことは別だ」
男は立ち上がった。
「今日はここまでだ。明日は来られるか?」
「はい」
「なら、来い」
男が去ると、直人が口を開いた。
「お前は、今回の仕事をどうするつもりだ?」
「依頼主の回答を待つ。荷物を届けるよう正式な指示が出て、受取人も確認できれば、もう一度考える」
「報酬が減らされるかもしれないぞ」
「それも含めて、話し合うしかない」
彼は机の上の記録を整えた。
自分の判断が正しかったと証明するために、相手を悪者にする必要はない。
同時に、仕事を完了できなかったという事実だけで、自分の判断が間違っていたことにもならない。
何を守ろうとしたのか。
何を失ったのか。
そして、次に同じ状況になったとき、何を変えられるのか。
それらを分けて考える必要があった。
昼過ぎ、仲介人から再び連絡が届いた。
荷物の届け先が変更された可能性があるため、依頼主が確認を進めているという。
ただし、新しい届け先も、受取人の名前も、まだ決まっていない。
彼は返事を読み、紙に記録した。
そして、返事を一つだけ書いた。
《正式な指示と受取人が確認できたら、改めて対応します。》
直人がその文章を見た。
「これでいいのか?」
「今は、これ以上のことは言えない」
彼は紙を封筒に入れた。
今回の仕事で、彼は報酬を得られなかった。
しかし、荷物を無責任に渡すことも、理由を確認せずに持ち帰ることもしなかった。
その結果が今後どうなるのかは、まだ分からない。
彼は椅子から立ち上がり、外へ出る準備をした。
傷を治すこと。
身体を鍛えること。
仕事の条件を確認すること。
そして、自分の判断にどんな代償が伴うのかを知ること。
どれも、すぐに成果が出るものではなかった。
それでも、次に同じ選択を迫られたとき、昨日よりも少しだけ多くのことを理解していたい。
彼は扉を開け、ゆっくりと歩き始めた。




