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観客のいない世界  作者: 亀


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第十九章 それぞれの観客

 会議から三日後。


 未来の管理区画では、各プロジェクトの管理者が集められていた。


 中央に巨大な画面がある。


 そこには、全プロジェクトの観測者分布が表示されていた。


 そして。


 一つの数字だけが、明らかに目立っていた。


 彼女の担当するプロジェクト。


 観測者数。


 継続率。


 平均観測時間。


 長期観測希望率。


 すべてが上位にある。


「このままでは資源配分が歪みます」


 最初に発言した管理者が言った。


 女性は黙って聞いていた。


「一つのプロジェクトに観測者が集中しすぎている」


「観測者が選んでいるだけです」


「だから問題なんです」


「選んでいることが?」


「違います」


 管理者は画面を指した。


「選択が偏りすぎている」


 女性は画面を見た。


 確かに。


 以前より多くの観測者が流れている。


 だが。


 すべてではない。


 別のプロジェクトを見続けている人間もいる。


 戦闘を好む人間。


 政治を好む人間。


 恋愛を好む人間。


 災害を好む人間。


 歴史そのものを研究する人間。


 そして。


 彼女のプロジェクトを見る人間。


「この数字を見てください」


 女性が画面を切り替えた。


「観測者の重複率です」


 別の数字が表示される。


「彼らは一つしか見ていませんか?」


「……」


「違います」


 女性は続けた。


「多くの観測者は複数のプロジェクトを見ています」


「それでも時間は有限です」


「はい」


「だから問題なんです」


「分かっています」


 彼女は否定しなかった。


「では、どうする?」


「資源を戻すべきです」


「どこへ?」


「以前の配分へ」


 女性は少し考えた。


「それをすると、このプロジェクトの成長を止めることになります」


「止める必要があります」


「なぜ?」


「全体のバランスのためです」


「そのバランスは誰が決める?」


 管理者が黙った。


 女性は続けた。


「過去の平均ですか?」


「……」


「過去に成功したプロジェクトの構成ですか?」


「……」


「それとも、今の需要ですか?」


 誰も答えなかった。


 女性は画面を戻した。


「私は、他のプロジェクトを削りたいわけではありません」


「では何をする?」


「観測者が何を見たいのかを、もう少し細かく調べるべきです」


「また調査ですか?」


「はい」


「時間がかかる」


「分かっています」


「その間にも資源が流れる」


「分かっています」


 女性はそこで一度、言葉を止めた。


「だから、短期の最大値だけで判断しない方がいい」


 会議はまとまらなかった。


 しかし。


 すぐに結論を出すこともできなかった。


 その日。


 資源配分は現状維持となった。


 ただし。


 再評価は一か月後。


 それまでに。


 各プロジェクトは独自に観測者の動向を分析することになった。


     *


 地上。


 青年たちは小さな都市に入っていた。


 以前のような追跡はない。


 銃声もない。


 未来からの機械も現れない。


 その代わり。


 街には普通の生活があった。


 市場。


 学校。


 工場。


 バス停。


 小さな食堂。


 人々が歩いている。


 青年は立ち止まった。


「ここ、前にも来たことがある気がする」


 直人が言った。


「本当に?」


「いや……似てるだけかもしれない」


 黒服の男が周囲を見る。


「似ている街はいくらでもある」


「そうですね」


 四人は歩き続けた。


 その様子を。


 未来の人間たちが見ている。


 だが。


 画面の中で、ある人物が青年たちを見ていなかった。


 軍服の男だった。


 彼は別の場所にいる。


 部下と話している。


 武器を確認している。


 地図を見ている。


 そして。


 何かを考えている。


 観測者の一部が。


 そちらへ移った。


 青年の画面から離れる。


 軍服の男を見る。


 さらに別の人物がいた。


 政治家。


 別のプロジェクトの出演者。


 その人物の交渉を見ていた観測者もいた。


 未来の画面は。


 一つの番組だけではなくなっていた。


「また分散しています」


 管理室で部下が報告した。


 女性は画面を見た。


「どこへ?」


「軍服の男」


「何人?」


「現在、約八パーセント」


「増えている?」


「はい」


 女性は軍服の男の画面を開いた。


 彼は青年たちとは別の場所で。


 自分の目的を進めている。


 その行動にも。


 観測者がついている。


「彼も人気がある」


「以前からです」


「でも、以前は青年ほどではなかった」


「今は違います」


 女性は画面を見た。


「それぞれの観測者がいる」


「はい」


 別の画面。


 黒服の男。


 彼にも一定の観測者がいる。


 さらに。


 直人。


 数はまだ少ない。


 しかし。


 増加率は高い。


「直人への観測者も増えています」


「理由は?」


「予測不能だからだと思われます」


「彼は何をした?」


「まだ大したことはしていません」


「それなのに?」


「だからこそ、だと思います」


 女性は少し笑った。


「なるほど」


 それ以上は言わなかった。


 しかし。


 この時。


 一つの変化が確定した。


 このプロジェクトには。


 もう「主人公」だけが存在しているわけではない。


 未来の人間たちは。


 それぞれ別の人間を見ている。


 それぞれ別の人生を追っている。


 それぞれ別の結果を期待している。


     *


 その夜。


 青年と黒服の男が食堂に入った。


 直人は先に席についている。


「何を食べる?」


 青年が聞いた。


「何でもいい」


「じゃあ、同じもので」


 四人分の食事が出てきた。


 しばらく。


 誰も話さなかった。


 その静かな時間を。


 未来の人間が見ている。


 誰かが書き込んだ。


――「黒服の男が何を考えているのか知りたい」


 別の人間。


――「俺は軍服の男の方が気になる」


 さらに。


――「直人は何者なんだ?」


 そして。


――「青年がこの先どうするのか見たい」


 意見は一致しない。


 むしろ。


 以前より分かれている。


 しかし。


 誰も。


 それを問題だとは思っていなかった。


 それぞれが。


 自分の見たいものを見ている。


     *


 食事が終わった後。


 黒服の男が青年に言った。


「最近、俺を見る奴が増えた」


「そうなのか?」


「知らないのか?」


「俺は見てないからな」


「自分の観測者数を?」


「そういうのを気にすると、また誰かのために行動しそうだから」


 黒服の男は黙った。


「お前らしいな」


「何が?」


「自分で自分を面倒にしている」


 青年は笑った。


「そうかもしれない」


 黒服の男は窓の外を見る。


「俺は違う」


「何が?」


「俺は、見られているなら利用する」


「観測者を?」


「そうだ」


「怖くないのか?」


「怖い」


 黒服の男は即答した。


「だから利用する」


 青年は何も言わなかった。


 黒服の男は続ける。


「俺は、誰かの期待に合わせて生きるつもりはない」


「でも使う?」


「使えるものは使う」


 それが。


 彼の考えだった。


 未来の観測者が彼を助けるなら利用する。


 敵の観測者が増えるなら警戒する。


 必要なら。


 青年と協力する。


 必要がなくなれば。


 敵になる。


 それだけだ。


「お前とは、たぶん最後まで同じ方向には行かない」


 黒服の男が言った。


「分かってる」


「それでも今は一緒にいる」


「それで十分だ」


 二人はそれ以上話さなかった。


     *


 未来。


 女性の端末に一つの報告が届いた。


 ――出演者間の観測分散。


 ――単独主演モデルの適合率低下。


 ――複数主体観測モデルへの移行を提案。


 彼女はその資料を読んだ。


 今までの番組は。


 中心人物を一人決める。


 その人物に事件を集中させる。


 観測者をそこへ集める。


 そして。


 物語を作る。


 しかし。


 このプロジェクトでは。


 それが必要なくなり始めている。


 一人が何かをすれば。


 別の人間が別の行動をする。


 その結果。


 観測者も分かれる。


 さらに。


 その分かれた視線が。


 別の人物を見つける。


 女性は資料の最後にある一文を読んだ。


 ――「単独主演方式を解除した場合、観測者総数は増加する可能性があります」


 彼女は承認欄を開いた。


 少し考えた後。


 承認した。


 画面に表示された。


 ――複数主体観測モデル、試験運用開始。


 それは。


 小さな変更だった。


 だが。


 その変更によって。


 この時代には。


 「主役」という言葉そのものが。


 少しずつ意味を失い始めていた。

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