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観客のいない世界  作者: 亀


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第173章 資格を奪う者

翌朝、男は直人と二手に分かれた。


直人は、古い運送記録を持つ商人たちを訪ねる。男は、受領資格の変更を扱う手続きについて調べることにした。


前日の話が正しければ、荷物の番号が無効になっただけではない。荷物を受け取る権利そのものが、別の場所で変更されている可能性がある。


その仕組みが分かれば、誰が荷物の行き先を決めているのか、少なくとも一部は見えてくるはずだった。


男が最初に訪ねたのは、商業区にある許可証の申請所だった。


窓口には、商人や運送業者が並んでいる。男は順番を待ち、受領資格の確認手続きについて質問した。


職員は、説明書を取り出した。


「通常の荷物であれば、運送番号と受領証明があれば手続きできます。ただし、特別な管理区分に属する荷物は、別の資格証明が必要になる場合があります」


「その資格証明は、どこで発行されるのですか?」


「荷物の管理権限によります。こちらで扱うものもありますが、別の管理部署が発行するものもあります」


「管理権限が変更された場合、以前の資格証明は無効になりますか?」


職員は、説明書の該当箇所を指さした。


「変更内容によります。権限の移転が正式に完了すれば、旧資格が使えなくなることはあります」


「変更の理由は、申請者に説明されるのでしょうか?」


「申請者が権限を持つ場合は、通知されることがあります。ただし、受領する側に必ずすべての理由が説明されるとは限りません」


男は、その説明を記録した。


制度そのものは存在する。


しかし、昨日の金属片がこの制度に属するものなのか、また、問題の荷物が正式な手続きを経て変更されたのかは、まだ分からない。


「資格証明が無効になった荷物を、作業員が運んでしまった場合はどうなりますか?」


職員は、少し困ったような顔をした。


「通常は、荷主か運送業者が確認すべきことです。作業員個人が変更の理由を調べることは、あまりありません」


「では、現場の作業員が荷物を受け取るよう指示された場合、資格証明が無効になっていることを知らなければ、そのまま運ぶ可能性がありますね」


「可能性としては、そうでしょう。ただし、実際の責任は契約や指示の内容によります」


男は礼を言って窓口を離れた。


仕組みが分かったからといって、すぐに誰かの不正を証明できるわけではない。


正式な権限変更であっても、現場への連絡が遅れることはある。荷主が事情を把握していない場合もあるだろう。


だが、変更の情報が届かないまま作業だけが続けば、責任を負うのは現場の人間になりかねない。


それは、以前の荷物の受領拒否でも起きていたことだった。


*


申請所を出たところで、男は人だかりに気づいた。


数人の運送作業員が、荷物を積んだ荷車を止められていた。


道を塞いでいるのは、管理所の腕章を着けた男たちだった。


「この荷物は、指定された受領資格が確認できていない。ここから先へは運べない」


管理所の男が告げた。


荷車を引いていた作業員が抗議する。


「昨日、同じ荷主から指示を受けた。受領先も、運送番号も変わっていない」


「資格が無効になった」


「いつ変更されたんだ?」


「管理権限の変更だ。こちらの指示に従え」


「変更されたことを、誰も教えてくれなかった。俺たちは、荷物を届ける仕事を受けただけだぞ」


管理所の男は、書類を指で叩いた。


「規則に従って処理する。それだけだ」


作業員の一人が、荷車から離れた。


「荷物を戻せば、運送費はどうなる? 受領されなければ、報酬も出ないと言われているんだ」


管理所の男は答えなかった。


周囲には、同じ荷物を運んできた作業員が三人いた。彼らも困惑した様子で、互いに顔を見合わせている。


男は近づき、状況を尋ねた。


「何が起きたのですか?」


作業員が説明した。


「指定された倉庫へ荷物を運ぶ仕事だった。途中で管理所の人間に止められて、受領資格が無効になったと言われた。だが、荷主からは何も聞いていない」


「資格証明は確認しましたか?」


「仕事を受けたときには、問題ないと言われた。今は、証明書を見せても無効だと言われる」


男は管理所の担当者へ向き直った。


「変更の通知は、いつ出されたのでしょうか?」


担当者は男を見た。


「あなたは関係者ですか?」


「関係者ではありません。ただ、作業員たちは変更を知らずに運んできたようです。通知の日時だけでも確認できませんか?」


「公開できる情報ではない」


「では、作業員が荷物を戻す場合の手続きと、運送費の扱いはどうなりますか?」


担当者は、少し苛立った様子で答えた。


「それは荷主と運送業者の契約による。管理所が決めることではない」


男は、そこで口を閉じた。


担当者の説明にも一理ある。管理所は資格の有効性を確認しているだけで、個々の運送契約まで管理しているとは限らない。


だが、資格を無効にした側が変更の通知を管理し、現場の作業員は理由を知らないまま荷物を戻すことになる。


誰がどの責任を負うのか、その境界が曖昧なままだった。


「荷主に連絡する方法はありますか?」


男が作業員に尋ねると、作業員は首を横に振った。


「仲介人を通して仕事を受けた。荷主の名前も、直接の連絡先も知らない」


男は、その言葉を聞いて顔を上げた。


仲介人。


受領資格。


管理権限の変更。


これまで別々に調べていたものが、現場では一つの問題として現れていた。


*


そのとき、管理所の男が、荷車の一つを指さした。


「そちらの荷物は、指定区域へ移す。残りは、ここで待機させろ」


「指定区域ってどこだ?」


作業員が尋ねた。


「指示書に記載されている」


「その指示書を見せてくれ」


「あなたに閲覧する権限はない」


管理所の男は、別の作業員に合図した。


二人の男が荷車を動かし始める。


だが、荷車を引いていた作業員が前に立った。


「待ってくれ。俺たちが運んできた荷物だ。どこへ持っていくのかくらい、説明してくれ」


「邪魔をするな」


管理所の男が肩を押した。


作業員はよろめき、荷車の車輪に足を取られた。


荷車が傾いた。


積まれた木箱が一つ滑り落ち、路面へ激突した。


乾いた音が響いた。


木箱の側面が割れ、中から金属部品が転がり出た。


人々が一斉に後ずさった。


その隙に、管理所の男たちは荷車を引き離そうとした。


男は、すぐに箱のそばへ駆け寄った。


「誰も動かないでください!」


金属部品の中に、細長い金属片が混じっていた。


昨日、あの男が持ち去ったものと、よく似た形状だった。


男は部品に触れず、周囲を確認した。


その瞬間、背後から誰かが走り込んできた。


黒い袖が視界を横切る。


男が振り向くより早く、その人物は金属片を拾い上げ、路地へ向かって走り出した。


「待て!」


男は反射的に追おうとした。


だが、掌の傷が痛んだ。足元には、割れた木箱と散乱した金属部品がある。人々が避けようと動き、道も塞がっていた。


一瞬の迷いが生じた。


その間に、黒い袖の人物は角を曲がった。


男は追跡を断念し、顔と服装を記憶した。


今度の人物は、昨日の男とは違う。


背は低く、走り方にも特徴があった。金属片を見つけてから迷いなく拾い上げたことを考えると、偶然そこにいたとは限らない。


男は周囲の作業員へ声をかけた。


「今の人物を見ましたか?」


一人が頷いた。


「荷物が壊れたとき、ずっと向こうに立っていた。最初から見ていたんじゃないか?」


「誰かと一緒でしたか?」


「分からない。人が多かったからな」


男は、管理所の担当者へ視線を戻した。


担当者は、割れた箱を見ていた。


その表情に、驚きよりも苛立ちが浮かんでいる。


「荷物を回収しろ。作業を中断するな」


彼は部下に命じた。


男は、その指示を聞きながら、違和感を覚えた。


箱が壊れたことで荷物の中身が露出した。


その直後、誰かが金属片だけを持ち去った。


管理所の男たちは、荷物全体の管理を優先している。


しかし、金属片を拾った人物は、他の部品には目もくれなかった。


もし金属片が単なる受領資格の証明にすぎないなら、なぜ複数の人間が、それを手に入れようとするのか。


男は、まだ答えを出さなかった。


*


現場の混乱が落ち着いたあと、男は負傷者がいないことを確認し、直人のもとへ戻った。


直人は、男の説明を聞きながら、何度も記録を読み返した。


「同じ種類の金属片を、別の人物が持ち去ったのか」


「そう見えた。だが、昨日のものと同一の用途だとは限らない」


「それでも、荷物の受領資格を変更する仕組みと、金属片が関係している可能性は高くなったな」


男は頷いた。


「それだけじゃない。今日、管理所が止めた荷物は、作業員たちが変更を知らされないまま運んできたものだった。仲介人を通して仕事を受けていて、荷主の名前も分からない」


直人は、静かに言った。


「誰かが、現場の人間には分からない仕組みを使って、荷物の流れを変えている」


「そうかもしれない。ただ、管理所の変更自体が不正だとは限らない。問題は、変更の情報がどこまで伝わっているのか、誰がその情報を利用しているのかだ」


男は、今日の出来事を整理した。


受領資格が無効になった荷物。


指示書を見せない管理所の担当者。


壊れた木箱から露出した金属片。


それを、別の人物が持ち去った。


さらに、荷物の行き先を知る者と、金属片を必要とする者が、同じ人間である保証もない。


複数の人間が、それぞれ別の目的で動いている可能性がある。


「次は、仲介人を探す」


男は言った。


「荷主の名前が分からなくても、仕事を配った人間なら、少なくとも運送経路を知っているはずだ」


直人は、すぐに賛成しなかった。


「仲介人を探せば、相手にもお前の動きが伝わるかもしれない」


「分かっている。だから、以前のように仕事を受けるふりをして近づくつもりはない。まず、複数の作業員から、誰が仕事を紹介したのかを別々に聞く。共通する名前や場所があれば、そこから確認する」


直人は、ようやく頷いた。


「それなら、情報を一つの場所に頼らずに済むな」


男は、記録を閉じた。


今までの調査は、古い番号の意味を探ることが中心だった。


だが、番号の背後には、荷物を動かす者、受け取る資格を決める者、資格を変更する者、そして、その変更を利用しようとする者がいる。


誰か一人を捕まえれば、すべてが分かるわけではない。


だからこそ、次は人間同士のつながりを調べる必要がある。


男は、包帯を巻いた掌を見た。


傷はまだ痛む。


それでも、調査を止めるつもりはなかった。


ただし、次に動くときは、相手が残した道筋を追うだけではなく、自分が何を得たいのかを明確にする。


情報を集めるために動くのか。


誰かを守るために動くのか。


あるいは、相手の選択肢を変えるために動くのか。


その目的によって、選ぶべき手段は変わる。


男は、今日の記録の最後に、一つの問いを書き加えた。


《受領資格を変更できる者と、金属片を必要とする者は、同じなのか。》


その答えは、まだ見えていなかった。

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