第168章 封鎖された倉庫
翌朝、男は直人と別れ、古い倉庫へ向かった。
前日と同じ道を歩きながら、彼は周囲の変化を確かめた。荷車の轍は残っている。入口の前に積まれていた木片も、昨日と同じ場所にあった。
しかし、倉庫へ近づくと、扉の前に二人の男が立っているのが見えた。
一人は見覚えのない男だった。もう一人は、昨日、扉の隙間から顔を見せた若い男だった。
若い男は、こちらに気づくと、すぐに視線を逸らした。
「ここは現在、立ち入り禁止だ」
見知らぬ男が言った。
「昨日は、そのような札はなかった」
「今日からだ」
男は入口を見た。
扉には新しい札が貼られている。
《管理権限の確認が完了するまで、関係者以外の立ち入りを禁ずる》
昨日まで使われていなかった言い回しだった。
「管理権限の確認というのは、誰が行っている?」
「お前に説明する必要はない」
「この建物が誰の管理下にあるのか、確認したいだけだ」
「なら、正式な手続きを通せ」
見知らぬ男は、それ以上答えなかった。
男は、若い男へ目を向けた。
「昨日、番号はもう使われていないと言っていたな」
若い男の顔が強張った。
「知らない。何の話だ」
「番号を使う権限がなくなった、とも言った」
「人違いだ」
若い男は、男を見ようとしなかった。
その態度だけで、何かを隠していると断定することはできない。昨日の発言を誰かに知られたことで、仕事を失うのを恐れている可能性もある。
男は、問い詰めるのをやめた。
「分かった。今日は帰る」
そう言って、素直にその場を離れた。
背後から、二人の会話が聞こえた。
「本当に、あいつでいいのか?」
「指示どおりにしろ」
「だが、まだ何も――」
扉が閉まり、声は途切れた。
男は歩きながら、会話の内容を整理した。
自分が来ることを予想していたのか。
あるいは、昨日の訪問を受けて、たまたま立ち入りを制限したのか。
どちらも考えられる。
ただ、封鎖の理由が、倉庫そのものの老朽化や工事ではなく、管理権限の確認になっていることは気になった。
彼が探している番号と、何らかの関係があるのかもしれない。
*
男は、倉庫の周囲を大きく回った。
裏側には、荷車が通れるほどの道がある。だが、壁は高く、隙間から中を確認することもできなかった。
無理に侵入する理由はない。
彼が必要としているのは、倉庫の中にある物を盗み出すことではなく、何が起きているのかを知ることだった。
裏道を抜けると、小さな修理工房があった。
入口には、車輪や車軸が並べられている。
男は、店主に尋ねた。
「この辺りの倉庫について、少し聞きたいことがある」
店主は作業の手を止めなかった。
「どの倉庫だ?」
男が場所を説明すると、店主は顔を上げた。
「あそこなら、昨日から人が出入りしている」
「昨日から?」
「正確には、一昨日の夕方だ。古い荷車が何台か来た。荷を降ろしたのか、積んだのかまでは見ていない」
「荷車を引いていた人間は?」
「何人かいたな。商人というより、運送の仕事をしている連中に見えた」
男は、少し考えた。
「その中に、右側の車輪に補修跡がある荷車はなかったか?」
店主は眉を寄せた。
「さあな。車輪の補修跡なんて、珍しくもない」
「そうか。ありがとう」
男は礼を言って店を出た。
空の荷車が自分たちの荷車へ突っ込んできた事故を思い出す。
右側の車輪に補修跡があった。
だが、それだけで同じ荷車だと決めつけることはできない。
この区域には、古い荷車が何台もある。
男は、さらに道を進んだ。
すると、通りの向こうで荷物を積んだ荷車が止まっているのが見えた。
荷車のそばでは、二人の男が言い争っていた。
「この荷は、ここへ運ぶように言われたんだ!」
「その番号は、今朝から無効になっている!」
「そんな話は聞いていない!」
一人が荷札を掲げた。
男は足を止めた。
荷札の形式は、昨日の仕事で見たものに似ている。
しかし、距離があり、番号までは確認できなかった。
言い争いは、すぐに激しくなった。
「なら、どこへ運べばいい?」
「俺に聞くな。管理所へ行け!」
「管理所は、昨日も同じことを言った!」
荷車を引いていた男が、荷札を地面へ叩きつけた。
「運ぶ場所を決めるのは、そっちの仕事だろう!」
周囲の人々が振り返った。
男は、すぐには近づかなかった。
今ここで間に入っても、事情が分からないまま、どちらかの側に立つことになる。
だが、言い争いの内容は、昨日から追っている問題と似ていた。
番号が無効になった。
運搬先が決まらない。
現場の作業員は、指示を出す側から責任を押し戻されている。
やがて、管理所の職員らしい男が現れた。
「荷札を見せろ」
荷車を引いていた男が、荷札を差し出した。
職員は確認すると、首を横に振った。
「この番号は、現在使用できない」
「だから、どこへ運べばいいのか聞いている!」
「こちらでは判断できない」
「では、誰が判断するんだ!」
職員は答えなかった。
荷車を引いていた男は、しばらく職員を睨みつけたあと、荷札を取り戻した。
「もういい。自分で探す」
彼は荷車を引き、別の道へ進んでいった。
男は、その後ろ姿を見送った。
このまま放置すれば、荷はまた別の場所へ運ばれ、同じ問題が繰り返されるかもしれない。
だが、今の段階では、その荷が古い記録や自分の探している箱と関係しているか分からない。
男は、管理所の職員へ近づいた。
「今の荷札について、確認したいことがある」
職員は疲れたような顔で振り返った。
「何だ?」
「番号が無効になった理由は?」
「管理権限の変更だ」
男は、倉庫の入口に貼られていた札を思い出した。
「誰が変更した?」
「正式な通知が出ている」
「通知を確認できる場所は?」
職員は、少し警戒した。
「お前は何者だ?」
「荷物を運ぶ仕事をしている。受領先が何度も変わり、現場で困ることが続いている。理由を知りたいだけだ」
職員は、男の顔を見てから、周囲を確認した。
「通知の写しは、管理所に保管されている。ただし、閲覧できるのは関係者だけだ」
「閲覧を申請することはできるか?」
「申請はできる。許可されるかどうかは別だ」
男は頷いた。
「分かった。ありがとう」
職員は、ほっとしたように立ち去った。
男は、すぐに管理所へ向かわなかった。
閲覧申請をすれば、記録に名前を残すことになる。相手が何を警戒しているのか分からない以上、まずは別の情報を集めておく必要があった。
*
昼過ぎ、男は直人と合流した。
直人は、昨日の番号について追加の情報を得ていた。
「古い運送記録には、同じ形式の番号がいくつか出てくる。ただ、現在の管理番号と対応しているものは少ない」
「番号が変更されたのか?」
「それだけなら、古い番号と新しい番号の対応表があるはずだ。だが、今回の記録には、対応先が記載されていないものが多い」
男は、午前中に見た出来事を説明した。
古い倉庫が封鎖されていたこと。
荷札の番号が無効になったと、管理所の職員が説明していたこと。
そして、現場の作業員が荷の行き先を決められず、困っていたこと。
直人は、記録を見ながら考え込んだ。
「もし、管理権限が変わったことで、古い番号が使えなくなったのなら、今までその番号で荷を動かしていた人間は、急に仕事ができなくなる」
「そうだ。荷を受け取る側も、運ぶ側も困る」
「それでも変更したということは、何か理由があるんだろうな」
「理由が正当かどうかは、まだ分からない。ただ、変更によって困る人間がいることは確かだ」
男は、紙片に新しい情報を書き加えた。
《管理権限の変更》
《旧番号の使用停止》
《対応先不明の運送記録》
《封鎖された倉庫》
それぞれの情報を、まだ一つの結論にはまとめない。
しかし、別々に見えていた出来事が、同じ問題の周辺に集まり始めている。
「次はどうする?」
直人が尋ねた。
「管理所へ行く。ただし、いきなり閲覧申請を出すのではなく、まず、どのような手続きが必要なのか確認する」
「それで、許可が下りなかったら?」
「別の方法を探す。記録を持っている人間が、管理所だけとは限らない」
男は立ち上がった。
これまでは、荷の行き先を追い、誰が運んだのかを調べてきた。
しかし、今、目の前にある問題は、それだけではない。
荷を運ぶための番号が使えなくなり、管理権限の変更によって、現場の人間が行き先を失っている。
そして、古い倉庫が封鎖された。
この変更が誰の利益になるのか。
誰が負担を引き受け、誰が決定権を握っているのか。
そこを確かめなければ、荷の移動を理解することはできない。
男は、管理所へ向かって歩き出した。
その背後では、午前中に荷札を地面へ叩きつけた作業員が、別の荷車とともに通りを横切っていた。
彼の荷は、まだ行き先を見つけられていなかった。




