↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
観客のいない世界  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/426

第十六章 予定されていない時間

それから、三週間が過ぎた。


 未来の管理室では、一つの変化がはっきりと現れていた。


 介入回数が減った。


 出演者への誘導も減った。


 敵の配置も減った。


 危機を意図的に作る申請も、以前より通りにくくなっていた。


 それにもかかわらず。


 観測者数は減らなかった。


 むしろ、増えていた。


「継続率、また更新しました」


 部下が報告する。


 女性は画面を見た。


「平均観測時間は?」


「過去最高です」


「新規観測者は?」


「増加しています」


「離脱率は?」


「低下しています」


 女性は少しだけ眉を動かした。


 以前なら、ここで追加の刺激を入れる。


 そうすれば数字がさらに伸びる。


 少なくとも、これまでのモデルではそう判断されていた。


 しかし。


 今回は何もしなかった。


「そのまま続けて」


「介入なしで?」


「はい」


「どこまで?」


「観測者が変化を求めるまで」


「変化を求めなかったら?」


 女性は答えた。


「変えない」


 部下は少し考えた後、記録した。


 その判断が正しいのか。


 まだ誰にも分からない。


 だが。


 数字は、それを否定していなかった。


     *


 同じ頃。


 地上では、青年たちが小さな町に入っていた。


 以前なら、町に入った瞬間に何かが起きていた。


 敵。


 追跡。


 銃撃。


 未来からの干渉。


 しかし。


 何も起きなかった。


 青年は商店の前で立ち止まった。


「食料、買っていくか」


 黒服の男が言った。


「金は?」


「ある」


「どこから?」


「前に拾った」


「それ、使っていいのか?」


「知らない」


「……お前、本当に信用できないな」


「最初から信用されるつもりはない」


 直人が横から口を挟んだ。


「じゃあ、俺が払います」


 二人が直人を見る。


「お前、金持ってるのか?」


「少しだけ」


「どこで手に入れた?」


「さっきの家で手伝ったら、もらった」


「何を手伝った?」


「井戸の修理」


 黒服の男が笑った。


「戦うより、そっちの方が役に立つかもしれないな」


 直人は何も言わなかった。


 青年は店の中に入った。


 棚には缶詰、米、乾燥した食品、飲料水。


 特別なものはない。


 しかし。


 その光景を見ている未来の人間がいた。


 数百人。


 数千人。


 そして。


 数万人。


 コメントが流れている。


 ――「こういう生活をもっと見たい」


 ――「この時代の食事が気になる」


 ――「戦闘はなくてもいい」


 ――「彼らが次に何をするのか見たい」


 ――「普通の一日を見てみたい」


 女性は、そのコメントを読んでいた。


 以前とは明らかに違う。


 戦闘を求める声もある。


 刺激を求める声もある。


 だが。


 それだけではなくなっていた。


「観測目的の変化が出ています」


 部下が言った。


「どんな?」


「以前は、結果を知りたいという意見が中心でした」


「今は?」


「過程を見たいという意見が増えています」


「過程?」


「はい」


 女性は画面を見る。


 青年が食料を選んでいる。


 黒服の男は外で待っている。


 直人は店員と話している。


 何も起きていない。


 それでも。


 観測者は画面を閉じない。


「結果ではなく、時間そのものを見ている?」


「その可能性があります」


 女性は黙っていた。


 その時。


 別の通知が入った。


 ――新規観測申請。


「誰から?」


「一般観測者です」


「内容は?」


 部下が読み上げる。


「『直接触れてみたい』」


 女性の手が止まった。


「直接?」


「はい」


「どういう意味?」


「過去時代への限定接触を希望しています」


 女性は画面を開いた。


 同じような申請が複数並んでいた。


 歴史映像を見るだけではなく。


 過去の空気を感じたい。


 食事をしてみたい。


 街を歩きたい。


 当時の人間と話してみたい。


 雨に触れてみたい。


 そうした要求だった。


 部下が言う。


「この種の申請、最近増えています」


「どれくらい?」


「先月の四倍です」


 女性はしばらく画面を見ていた。


「接触型サービスの需要が出ている」


「はい」


「でも、現在のプロジェクト規約では禁止されている」


「歴史への直接干渉になる可能性があります」


「知ってる」


 彼女は椅子に座った。


「では、観測者は何を求めている?」


「……体験でしょうか」


「それだけ?」


「分かりません」


 女性は画面を見た。


 未来の人間たちは、すでに歴史を大量に保存している。


 映像も。


 記録も。


 感情も。


 再現された街も。


 過去の人物の人格モデルさえ存在する。


 それでも。


 人々は。


 まだ存在していない何かを求め始めていた。


 再現ではなく。


 予測でもなく。


 実際に起きている時間。


「面白い」


 女性が小さく言った。


「何がですか?」


「人間は、情報を全部持ってしまうと、情報だけでは満足できなくなるのかもしれない」


 部下は返事をしなかった。


 彼女自身も、それが正しいとは思っていなかった。


 ただ。


 一つの傾向として記録した。


     *


 夜。


 青年たちは廃校になった学校の教室を借りていた。


 窓の外から風が入ってくる。


 直人が床に座っている。


「明日はどうする?」


 彼が聞いた。


 青年は地図を見た。


「南へ行く」


「理由は?」


「分からない」


 黒服の男が笑った。


「それでいいのか?」


「他に選択肢がない」


「じゃあ、南に行く理由は?」


「行ってみないと分からない」


 黒服の男は何も言わなかった。


 直人が窓の外を見る。


「雨、降りそうですね」


「そうだな」


 青年が答える。


「雨が降ったら?」


「待つ」


「晴れたら?」


「行く」


 それだけだった。


 未来では。


 その会話を見ている人間がいた。


 戦闘を期待していた者もいる。


 新しい敵を待っていた者もいる。


 だが。


 その中の一人が書き込んだ。


 ――「明日の朝、彼らがどこへ行くのか見たい」


 別の人間が返す。


 ――「俺も」


 さらに。


 ――「何も起きなくても?」


 しばらくして。


 返信が来た。


 ――「何も起きない一日も、あの人たちの人生だから」


 そのコメントは、特別なものではなかった。


 誰かが賞賛したわけでもない。


 議論になったわけでもない。


 ただ。


 一つの意見として残った。


 女性は、その画面を見ていた。


 そして。


 初めて、観測者の数字ではなく。


 その一つの文章を保存した。


     *


 翌朝。


 青年たちは学校を出た。


 雨が降っていた。


 青年は空を見上げた。


 黒服の男は傘を探している。


 直人は笑った。


「濡れますよ」


「分かってる」


 青年は歩き出した。


 雨の中を。


 未来の観測者たちは、その姿を見ていた。


 誰も結末を知らない。


 青年自身も知らない。


 次に敵が現れるのか。


 誰かが裏切るのか。


 文明終了がどうなるのか。


 何も決まっていない。


 それでも。


 画面の前から離れる人間は少なかった。


 女性は、その数字を確認した。


 そして一つの項目を開いた。


 ――人工介入率。


 以前より大幅に低い。


 その隣。


 ――観測継続率。


 過去最高。


 彼女は画面を閉じた。


「……人生を先に作る必要はないのかもしれない」


 部下が振り返る。


「何か言いましたか?」


「いいえ」


 女性は首を振った。


「記録だけしておいて」


「何を?」


「予定外の時間にも、観測価値がある」


 部下は入力した。


 その記録は。


 やがて一つの新しい評価項目になる。


 しかし。


 その時の彼女はまだ知らなかった。


 この小さな変更が。


 これまでの歴史観測そのものを。


 少しずつ変えていくことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。