第150章 記録に残らない変更
翌朝、男は直人に一つの頼み事をしてから出かけた。
「昨日までに確認した配送の事例を、もう一度整理しておいてほしい。日付と場所、荷物の種類、それから何が確認できて、何が分かっていないのかを分けておきたい」
「分かった。新しい情報がなくてもいいんだな?」
「ああ。確認できていないことを、無理に埋める必要はない」
直人は記録を受け取り、机に向かった。
男は市場へ向かう途中、昨日の帳簿を管理する男の言葉を思い返していた。
配送先が変更された場合、変更前と変更後の記録を照合する。
それが通常の手続きなら、記録がそろっているかどうかを確かめることが、次の調査につながる。
ただし、個人の帳簿を勝手に見ることはできない。
男は、昨日荷物を受け取った建物へ向かった。
入口には、朝から作業員が集まっていた。
昨日と同じ作業員を見つけ、男は声をかけた。
「先日、配送先が変更された荷物について、もう一度確認したいことがあります」
作業員は少し困った顔をした。
「まだ何かあるのか?」
「変更前と変更後の記録が残っているか、確認できればと思っています。帳簿を見せてほしいということではありません。担当者に、変更の手続きを確認することはできますか?」
作業員は建物の奥を見た。
「俺が勝手に決めることじゃない。責任者に聞いてくれ」
「責任者の方は、いつ頃いらっしゃいますか?」
「昼過ぎなら戻ってくると思う」
男は礼を言い、いったん建物を離れた。
昼までの時間を使って、別の配送依頼を確認することにした。
⸻
市場の掲示板には、新しい依頼がいくつか追加されていた。
男は昨日までに記録した依頼と比較した。
同じ種類の部品を扱うものはあるが、依頼主の名前は異なっている。
一つずつ内容を確認していると、掲示板の前で二人の商人が話しているのが聞こえた。
「また届け先が変わったらしいぞ」
「誰の依頼だ?」
「例の部品だ。最初に指定された場所では受け取れないと言われたそうだ」
「なら、発注元に確認すればいいだろう」
「それが、連絡がつかないらしい」
男は顔を上げた。
二人は彼に気づくと、会話を止めた。
男は近づきすぎないようにしながら、声をかけた。
「すみません。今の話について、少し確認してもいいですか?」
一人が警戒した様子で尋ねた。
「何のために?」
「配送の行き違いについて調べています。もし実際に起きたことなら、どこで確認できるのか知りたいんです」
商人は互いに顔を見合わせた。
「俺たちが直接見たわけじゃない。聞いた話だ」
「そうですか。分かりました」
男はそれ以上、問い詰めなかった。
噂が広がっている可能性はある。
しかし、同じ種類の問題が何度も話題になるからといって、すべてが同じ原因で起きているとは限らない。
男は掲示板に戻り、新しい依頼の内容を記録した。
依頼主。
配送する品物。
指定された届け先。
それらを、すでに確認した事例と照らし合わせる。
今のところ、同じ名前は見つからなかった。
⸻
昼過ぎ、男は再び建物へ向かった。
入口では、責任者らしい男が作業員と話していた。
男は会話が終わるのを待ってから、昨日と同じように用件を説明した。
「配送先の変更について、手続きがどのように行われたのか確認したいのです」
責任者は男を見た。
「お前は取引関係者ではないな?」
「はい。現場で複数の不一致を確認したため、事実関係を整理しています」
「なら、個別の記録は見せられない」
「承知しています。変更の手続きが適切に行われたかどうかを、確認できる方法はありませんか?」
責任者はすぐには答えなかった。
「何を問題にしている?」
男は、これまでに確認した事例を説明した。
ただし、確かめられていない噂や、関係があるか分からない情報は話さなかった。
数量が一致しなかった事例。
配送先が変更された事例。
変更を受け取った側が、指示の出所を知らなかった事例。
責任者は最後まで話を聞いてから、口を開いた。
「配送先の変更自体は、珍しいことではない。荷物の受け取りができなくなれば、別の場所へ運ぶこともある」
「その場合、変更の記録は必ず残りますか?」
「通常は残る。だが、現場で急な変更があった場合、記録が後から整理されることもある」
男は、その言葉を記録した。
「では、変更が行われた時点で記録がなかったとしても、それだけで不正とは言えないということですね」
「そうだ。問題があったかどうかは、状況を確認しなければ分からない」
責任者は、少し考えたあとで続けた。
「ただし、変更を指示した人間と、実際に荷物を受け取った人間が分からなければ、後から確認するのは難しくなる」
男はうなずいた。
それは、今の調査にとって重要な情報だった。
「変更の指示を出した人間が分からない場合、どこから調べるべきでしょうか?」
「まず、誰が変更を受け付けたのかを確認する。そこから先は、取引ごとに違う」
男は礼を言った。
責任者は個別の記録を見せてくれなかったが、変更の手続きについて、具体的な説明をしてくれた。
男は建物を離れながら、次に確認するべきことを整理した。
変更を指示した人間が分からない。
その場合、指示を受け付けた人間を探す必要がある。
そして、誰が指示を受け付けたのかを確認するには、実際の取引に関わった人間の協力が必要だった。
⸻
夕方、再会した男から連絡があった。
二人は市場の外れで落ち合った。
「今日は何か進んだか?」
相手が尋ねた。
「配送先の変更が、必ずしも不正を意味するわけではないことを確認した。ただ、変更を指示した人間と、受け取った人間が分からなければ、後から確認するのは難しくなるらしい」
「それなら、変更を受け付けた人間を探す必要があるな」
「そうだ。ただ、誰が担当したのかは、まだ分からない」
相手はしばらく考えた。
「俺のほうでも、確認できるかもしれない」
「組織の仕事としてか?」
「そうだ。今のところ、調べられる範囲に限りはあるけどな」
男は相手を見た。
「もし、俺の調査と同じ情報にたどり着いたら、話せる範囲で教えてくれ」
「分かった」
「ただし、無理に情報を持ち出す必要はない。お前の立場を危うくするつもりはないからな」
相手は少し驚いたような顔をした。
「自分の調査が進むなら、俺をもっと利用しようと考えてもいいんじゃないか?」
「利用できるかどうかだけで、人との関係を決めるつもりはない。お前が何を知っているか分からない以上、頼れる部分と頼れない部分がある。それだけだ」
相手はしばらく黙っていた。
やがて、小さくうなずいた。
「分かった。俺も、自分にできることを確認してみる」
二人はその場で別れた。
男は、相手が組織からどのような指示を受けているのかを知らない。
相手もまた、自分の任務の全体像を把握しているわけではない。
それでも、互いにできることを持ち寄る余地は残されていた。
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夜、男が直人のもとへ戻ると、机の上に整理された記録が置かれていた。
直人は、確認済みの事例と、伝聞だけの事例を分けていた。
「これで、どこまで分かった?」
男は記録を確認した。
「配送先の変更や数量不足が起きていることは、複数の場所で確認できた。ただし、それぞれが同じ原因によるものかは分からない」
「次は?」
「変更を受け付けた人間を探す。そのためには、実際に変更を経験した取引関係者に協力してもらう必要がある」
直人は、紙片の写しが入った封筒を指さした。
「これも、何かの記録なのかもしれないな」
「可能性はある。ただ、今のところ、配送の記録とはつながっていない。別にしておこう」
男は封筒を元の場所へ戻した。
彼は、調査の対象を広げすぎないように気をつけていた。
一つの問題を調べていると、似たような出来事が次々に目に入る。
しかし、すべてを同じ問題として扱えば、どこまで調べても終わらなくなる。
今は、配送先の変更と数量の不一致について、確認できる範囲を明らかにする。
それが終わってから、別の問題を調べるかどうかを判断すればいい。
男は明日の予定を書き留めた。
次に必要なのは、もう一つの噂ではない。
実際に変更の指示を受けた人間の証言だった。
その人物に会えるかどうかは、まだ分からない。
だが、ようやく、何を確かめるべきなのかが見えてきていた。




