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観客のいない世界  作者: 亀


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第十四章 最大の番組

 未来のある管理区域。


 壁一面に、無数の画面が並んでいた。


 それぞれの画面には、異なる時代が映っている。


 戦争。


 都市。


 農村。


 学校。


 工場。


 家庭。


 誰かが食事をしている。


 誰かが仕事をしている。


 誰かが恋人と話している。


 誰かが、ただ窓の外を見ている。


 そのすべてに、数字が表示されていた。


 観測者数。


 平均視聴時間。


 継続率。


 支援率。


 離脱率。


 画面の中央には、一つの時代が大きく表示されている。


 そこには、青年たちの姿が映っていた。


「また増えました」


 女性が報告した。


「観測者数は?」


「前回集計から三十七パーセント増加」


「継続率は?」


「過去最高です」


「支援率は?」


「対象によって大きく違います」


 女性は画面を切り替えた。


 青年。


 黒服の男。


 軍服の男。


 直人。


 そして、その他の人間たち。


 それぞれに異なる数字が表示されている。


「単一対象への集中ではありません」


「それでも増えている」


「はい」


「理由は?」


 女性は少し考えた。


「分かりません」


 その答えを聞いて、向かい側に座っていた数人の管理者が顔を見合わせた。


「分からない?」


「はい」


「分析できないのか?」


「データ上、複数の要因が重なっています」


 女性は説明を続けた。


「戦闘による刺激」


「文明終了の可能性」


「複数の出演者」


「未来との接触」


「それぞれの人物の選択」


「そして、予定外の行動」


 画面に青年が映った。


「特に、この人物の行動は予測モデルから外れることが多い」


 別の画面には黒服の男。


「この人物は、予測可能性が高い一方で、生存能力が高い」


 さらに軍服の男。


「こちらは長期的な支持基盤を持っています」


 そして直人。


「この人物は、現時点では情報が不足しています」


 管理者の一人が言った。


「つまり?」


 女性は画面を見た。


「一人の出演者を見る番組ではなくなっています」


「それは悪いことか?」


「まだ判断できません」


「だが、数字は上がっている」


「はい」


「なら、続ければいい」


 女性は答えなかった。


 その時。


 別の画面が開いた。


 複数のプロジェクトの比較表だった。


 女性の画面の隣に並んでいる。


 あるプロジェクトでは、巨大な戦闘が行われている。


 別のプロジェクトでは、有名な政治家が権力争いをしている。


 さらに別のプロジェクトでは、恋愛関係を中心とした長期観測が行われている。


 それぞれに大量の観測者がいる。


 しかし。


 青年たちのいる時代だけは、異常な速度で観測者を増やしていた。


「このままだと、他のプロジェクトから観測者が流れます」


 管理者の一人が言った。


「すでに流れている」


「資源配分を変更しますか?」


「まだ早い」


 女性が答えた。


「現在は成長期です」


「成長が止まったら?」


「その時に判断します」


「判断するのは誰だ?」


 女性は画面を見た。


「私です」


 部屋が静かになった。


 彼女の名前は、まだこの時代には存在しない。


 この世界では。


 彼女は一つの歴史観測プロジェクトを担当する、ただの管理者だった。


 特別な権限を持っているわけではない。


 未来を支配しているわけでもない。


 彼女の仕事は、数字を見ることだった。


 観測者数。


 継続率。


 支援。


 資源。


 予算。


 そして。


 プロジェクトがどれだけ長く価値を維持できるか。


「追加資源を要求します」


 彼女が言った。


 隣の管理者が聞く。


「理由は?」


「観測者数の増加が継続しています」


「どれくらい?」


「少なくとも、今後しばらくは伸びる可能性があります」


「可能性?」


「確定ではありません」


 管理者は少し笑った。


「君らしくないな」


「予測モデルが安定していません」


「だからこそ?」


「だからこそ、追加観測が必要です」


 彼女は画面を見た。


 青年が地下施設を歩いている。


 黒服の男がその後ろにいる。


 その映像を、彼女は何度も見た。


 青年の行動には、明確なパターンがない。


 戦う。


 逃げる。


 助ける。


 疑う。


 時には、何もしない。


 そして、そのたびに観測者が増える。


「面白いですね」


 隣の管理者が言った。


 彼女は首を振った。


「面白い、だけではありません」


「では?」


「予測できない」


「それが面白いのでは?」


「そうかもしれません」


 彼女は少し考えた。


「ただ、まだ判断できません」


「何を?」


「この時代そのものに価値があるのか。それとも、特定の出演者に価値があるのか」


 管理者は画面を見た。


「違いがあるのか?」


「あります」


 彼女は答えた。


「出演者が一人なら、その人を中心に管理できます」


「だが?」


「複数なら、管理方法が変わります」


 彼女はデータを拡大した。


 青年だけではない。


 黒服。


 軍服。


 直人。


 さらに、彼らの周囲にいる何千、何万という人間。


「人間関係そのものが観測価値になり始めています」


 管理者はしばらく黙った。


「それは、管理しにくいな」


「はい」


「それでも続けるのか?」


「今のところは」


「理由は?」


 彼女は画面を見ながら答えた。


「数字が上がっているからです」


 それだけだった。


 その頃。


 地下施設では。


 青年たちが古い記録室に入っていた。


 壁一面に資料が並んでいる。


 軍事。


 政治。


 経済。


 通信。


 そして、未来との接触記録。


 青年は一つの端末を見つけた。


 画面には、複数の地域が表示されている。


 赤い。


 青い。


 白い。


 それぞれ違う状態を示している。


「この街だけじゃない」


 青年が呟いた。


 黒服の男が近づく。


「何が?」


「同じことが、他の場所でも起きてる」


 画面には、複数の地域の情報が表示されていた。


 ある場所では戦闘。


 ある場所では停電。


 ある場所では通信障害。


 そして。


 いくつかの地域には同じ表示がある。


 ――観測継続中。


「つまり?」


 黒服の男が聞く。


「俺たちだけじゃない」


 青年は画面を見つめた。


「この時代全体が、見られてる」


 黒服の男はしばらく黙っていた。


「だったら、俺たちがここで何をしても――」


「見られてる」


「どこに逃げても?」


「たぶん」


 黒服の男がため息をついた。


「面倒だな」


 青年は端末を操作した。


 その時。


 画面に新しい文字が浮かんだ。


 ――観測対象の再評価。


 ――プロジェクト価値、上昇。


 青年はその文字を見つめた。


「プロジェクト……?」


 黒服の男が聞く。


「何だ?」


「分からない」


 しかし。


 未来では、その言葉の意味を知っている人間がいる。


 彼女は画面を見ながら、静かに指示を出した。


「追加資源を承認してください」


「予算は?」


「別のプロジェクトから一部移します」


「反発が出る」


「分かっています」


「それでも?」


 彼女は画面を見た。


 青年が、また予測とは違う行動を取っている。


 彼女はその動きを記録した。


「今は、この時代を見る人が増えています」


「いつまで続く?」


「分かりません」


「では、なぜ投資する?」


 彼女は少しだけ考えた。


 そして、仕事として答えた。


「伸びているプロジェクトを止める理由がないからです」


 それ以上の意味はなかった。


 少なくとも。


 この時点では。


 彼女にとって、この時代は一つの大きなプロジェクトだった。


 そして。


 そのプロジェクトは、未来の多くの人間にとって。


 少しずつ。


 他のどの番組よりも長く見たいものになり始めていた。

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