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観客のいない世界  作者: 亀


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第十三章 それぞれの観客

銃声が続いていた。


 地下施設の通路は狭い。


 兵士たちは一度に数人しか入ってこられない。


 青年は壁際に身を寄せた。


 銃弾が頭上を通り過ぎる。


 隣では黒服の男が反撃していた。


 無駄な動きがない。


 撃つ。


 隠れる。


 移動する。


 そして、また撃つ。


 青年はその動きを見ながら走った。


「右!」


 黒服の男が叫んだ。


 青年が反応する。


 直後、目の前の壁から銃弾が飛び出した。


 青年は床へ転がった。


「助かった」


「勘違いするな」


 黒服の男は銃を構えたまま言った。


「お前が死ぬと、俺が困る」


「俺が?」


「そうだ」


「どうして?」


「まだ利用価値がある」


 青年は少しだけ笑った。


「正直だな」


「嘘をつく必要がない」


 黒服の男は別の通路へ走った。


 青年も続く。


 少し後ろでは、銃を持った男が兵士と撃ち合っていた。


 直人はそのさらに後ろにいる。


 彼は銃を持っていない。


 ただ、必死に走っていた。


「こっちだ!」


 直人が叫んだ。


 三人が振り返る。


「何がある?」


「出口!」


 青年は一瞬迷った。


 しかし、箱が反応した。


 ――移動経路を確認。


 ――生存確率、上昇。


「行くぞ!」


 四人が同時に走り出した。


 その頃。


 未来のある観測室では、画面が並んでいた。


 以前なら、一つの画面だけを見ていた観客も多かった。


 しかし今は違う。


 複数の画面が同時に表示されている。


 青年。


 黒服の男。


 軍服の男。


 そして、新しく現れた直人。


 観測者の数は、それぞれ違っていた。


 ある画面では青年。


 別の画面では黒服の男。


 さらに別の画面では軍服の男。


 直人を見ている者もいる。


「また分かれたな」


 一人の観測者が言った。


「最初は青年だけだったのに」


「今は四人いる」


「どれを見る?」


「全部」


「全部?」


「この時代そのものが面白くなってきた」


 別の観測者は青年の画面を閉じた。


「私は黒服の男を見る」


「なぜ?」


「何をするか分からないから」


「でも、彼はかなり危険だ」


「だから見たい」


 別の画面では軍服の男が兵士を率いていた。


 その支援値は依然として高い。


 数字は大きく動かない。


 安定している。


「彼は強い」


「だから人気がある」


「違う」


「何が?」


「強いからだけじゃない」


 観測者は軍服の男の画面を見た。


「彼は、目的が分かりやすい」


「目的?」


「権力を守る。敵を倒す。自分の側を勝たせる」


「それが面白い?」


「少なくとも、次に何をするか予測しやすい」


 別の観測者が笑った。


「だったら、青年の方がいい」


「なぜ?」


「予測できない」


 画面の中で、青年が突然立ち止まった。


 その前には、二つの通路があった。


 右は出口へ続いている。


 左は地下施設の奥へ続いている。


 箱には表示が出ていた。


 ――推奨経路:右。


 青年は右を見た。


 そして左を見た。


「……」


 黒服の男が言った。


「右だ」


 青年は答えなかった。


「聞こえなかったか?」


「聞こえてる」


「だったら行け」


「左に何がある?」


「知らない」


「じゃあ、調べる」


 黒服の男が眉を寄せた。


「今か?」


「ああ」


「兵士に追われてるんだぞ」


「分かってる」


 青年は左へ向かった。


 黒服の男は一瞬だけ立ち止まった。


「……本当に面倒な奴だな」


 そう言いながら、後を追った。


 直人も続いた。


 銃を持った男だけが、右の通路を見た。


「俺は右へ行く」


 青年が振り返る。


「別れるのか?」


「ああ」


「危険だぞ」


「分かっている」


 男は銃を構えた。


「お前たちと一緒に行く理由がない」


 黒服の男が笑った。


「正直だな」


「俺は俺の目的がある」


 男は右へ向かった。


「また会うかもしれない」


 青年が言った。


「その時は敵かもしれない」


 男は振り返らずに答えた。


「その時に決める」


 三人は左へ進んだ。


 一人は右へ進んだ。


 同じ戦場にいた四人が、別々の道を選んだ。


 未来の画面でも、観測者たちはそれを見ていた。


「別れた」


「面白い」


「軍服の男を追う」


「私は青年」


「私は黒服」


「私は新しい男」


「直人?」


「そう」


「彼は何者?」


「分からない」


「だから見たい」


 観測者数が動いた。


 青年。


 黒服。


 軍服。


 直人。


 それぞれの数字が、少しずつ変化していく。


 そして、青年の箱に新しい表示が現れた。


 ――主要観測対象、再設定。


 青年は足を止めた。


「……何だ?」


 箱を見る。


 そこには、今までなかった言葉が表示されていた。


 ――複数対象による観測分散を確認。


 ――単独主演方式を解除。


 青年は眉を寄せた。


「単独主演……?」


 黒服の男が画面を覗き込む。


「つまり?」


「分からない」


 黒服の男は少し笑った。


「俺たちだけが見られているわけじゃないってことだろ」


「最初からそうだった」


「違う」


 黒服の男は首を振った。


「今までは、お前を中心に世界が動いていた」


「……」


「今は違う」


 青年は何も言わなかった。


 確かにそうだった。


 軍服の男にも観客がいる。


 黒服の男にもいる。


 直人にもいる。


 そして、それぞれが違う人生を生きている。


 誰か一人だけが、この時代の中心ではない。


 青年は箱を閉じた。


「それなら、少し楽だな」


「何が?」


「俺だけが見られてるわけじゃない」


 黒服の男が笑った。


「今さら気づいたのか」


 二人は歩き始めた。


 地下の奥には、古い扉があった。


 その扉には、別の記号が刻まれている。


 青年が触れる。


 扉が開いた。


 中には大量の記録装置が並んでいた。


 画面の一つに、文字が表示される。


 ――観測対象一覧。


 青年は画面を見る。


 そこには、数え切れないほどの名前があった。


 この街。


 別の街。


 別の国。


 別の時代。


 そして。


 その中には、すでに終了した対象もあった。


 ――観測終了。


 ――番組終了。


 青年の表情が変わった。


「……こんなに」


 黒服の男も画面を見る。


「俺たちは、特別じゃない」


 青年は答えなかった。


 その時。


 別の画面に、一人の女性が映った。


 未来の人間だった。


 彼女は複数の画面を見比べている。


 青年。


 黒服。


 軍服。


 直人。


 そして、別の時代の人間たち。


 女性は画面を切り替えた。


「この時代の観測数が増えています」


 隣の人物が聞く。


「どの対象が原因?」


「一人ではありません」


「では?」


「複数です」


 女性は少し考えた。


「一人の人気者を見る番組ではなくなりつつあります」


「問題か?」


「まだ分かりません」


「なら、どうする?」


 女性は画面を見た。


 青年が地下を歩いている。


 黒服の男が隣にいる。


 別の場所では、軍服の男が戦っている。


 さらに別の場所では、直人が一人で逃げている。


「何もしません」


「何もしない?」


「はい」


 女性は答えた。


「今は、彼らが何をするのか見ます」


 画面の数字が再び動いた。


 観測者数が増える。


 そして、今まで一つだった流れが、四つに分かれていく。


 青年は知らなかった。


 自分の人生が注目され始めたのではない。


 この時代そのものが、注目され始めていることを。


 そして未来では。


 すでに一部の人間が、青年ではなく。


 この時代の人間たちそのものを見始めていた。

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