第十二章 それぞれの理由
地下通路は、どこまでも続いていた。
青年は先頭を歩いていた。
その後ろを、黒服の男が歩く。
さらに、その後ろに新しく現れた青年が続いている。
三人とも、ほとんど話さなかった。
聞こえるのは、靴音だけだった。
コツ。
コツ。
コツ。
しばらく歩いたところで、黒服の男が口を開いた。
「お前、名前は?」
後ろの青年が答えた。
「……直人」
「何歳だ?」
「二十四」
「この施設にはどうやって入った?」
「分からない」
黒服の男が振り返った。
「分からない?」
「気づいたら、地下にいた」
「気づいたら?」
「そうだ」
直人は少し迷ってから続けた。
「家にいたんだ。停電して、外が騒がしくなって……逃げようとしたら、道路が塞がれていた」
「それで?」
「知らない人に助けられた」
「誰だ?」
「分からない」
黒服の男は黙った。
青年は箱を見た。
生命反応は三。
だが、施設の奥には別の反応もあった。
小さい。
ほとんど動いていない。
「この先に、まだ誰かいる」
「何人?」
「分からない」
青年が答えた。
「でも、生きてる」
直人が足を止めた。
「助けるのか?」
青年は振り返った。
「分からない」
「じゃあ、どうする?」
「見に行く」
直人は少し考えた。
「……俺も行く」
黒服の男が笑った。
「お前、さっきまで怖がってただろ」
「怖いよ」
「じゃあ、何で来る?」
「一人で戻る方が怖い」
黒服の男は何も言わなかった。
三人は再び歩き始めた。
その頃。
地下施設の別の場所では、一人の男が画面を見つめていた。
画面には、青年たちの映像が映っている。
男の前には、複数の端末が並んでいた。
「まだ生きているか」
隣にいた女性が答えた。
「三人とも生存しています」
「観測数は?」
「増えています」
「どれくらい?」
「先ほどより約二割増加」
男は画面を見た。
「黒服の男は?」
「支援値が低下しています」
「どれくらい?」
「現在、七十一」
「十分だ」
男は興味を失ったように別の画面へ視線を移した。
そこには別の人物が映っていた。
軍服を着た男。
大量の兵士を率いている。
その映像の下には、別の数字が表示されていた。
――観測者数 19,482
――支援値 146.7
「こちらは?」
「安定しています」
「なら、こちらを優先しろ」
「ですが、地下施設の対象も注目度が上がっています」
「構わない」
男は即答した。
「一つの番組だけを見続ける必要はない」
女性が画面を切り替える。
「では、地下施設への追加支援は?」
「最低限でいい」
「理由は?」
「まだ価値が決まっていない」
女性は黙って頷いた。
それ以上、質問しなかった。
地下では。
三人が大きな扉の前に到着した。
扉には古い文字が刻まれていた。
青年は箱を近づける。
――認証を開始。
――登録者を確認。
――三名。
「三名?」
黒服の男が言った。
「俺たちのことか?」
「たぶん」
青年が答える。
扉が開いた。
中には、小さな部屋があった。
中央に椅子。
その上に、一人の男が座っていた。
手には銃を持っている。
三人を見た瞬間、男は銃を向けた。
「止まれ」
三人は止まった。
「誰だ?」
黒服の男が答える。
「こっちが聞きたい」
「答えろ」
「俺たちは――」
青年が手を上げた。
「待って」
男の銃口が青年へ向く。
「武器を捨てろ」
青年は箱を床に置いた。
黒服の男もゆっくり手を上げた。
直人は何も持っていなかった。
男は三人を見回した。
「未来の連中と繋がっているのか?」
青年は答えなかった。
「答えろ」
「繋がっている」
黒服の男が言った。
青年が男を見る。
「お前……」
「隠す意味がない」
黒服の男は続けた。
「こいつらは俺たちを見ている」
「知っている」
「なら話が早い」
男は銃を下ろした。
「俺も知っている」
直人が驚いた。
「あなたも?」
「俺は、あいつらと取引していた」
青年は黙った。
また一人。
未来と繋がっている人間が現れた。
「何を受け取った?」
青年が聞いた。
「情報だ」
「何の?」
「この地域の軍事情報。通信技術。物流経路。それから、いくつかの装置」
「代わりに何を渡した?」
男は少し黙った。
「人だ」
直人の顔が強張った。
「人?」
「協力者を紹介した」
「どういう人間を?」
「技術者。軍人。政治家。金を持っている奴。何かを欲しがっている奴」
青年は何も言わなかった。
「最初は取引だった」
男は銃を机の上に置いた。
「俺は利益を得た。向こうも情報を得た。それだけだ」
「それだけ?」
「そうだ」
「じゃあ、今は?」
男は画面を見た。
画面には、街の映像が映っている。
そこには、避難する人々がいた。
「今は、違う」
「何が?」
「向こうが、俺たちを切り捨てる準備をしている」
黒服の男が笑った。
「やっぱりな」
男が黒服を見る。
「お前も気づいたか」
「俺はずっと気づいていた」
「だったら何で戦ってた?」
「他に生き残る方法がなかった」
部屋が静かになった。
青年は二人を見た。
どちらも、未来側と関係を持っていた。
だが。
二人の理由は違っている。
一人は利益。
一人は生存。
そして。
それぞれが別の答えを探している。
「お前はどうする?」
銃を置いた男が青年に聞いた。
「俺?」
「ああ」
「俺は、自分で決める」
男は少し笑った。
「そうか」
その時。
施設全体に警報が鳴り響いた。
赤い光が点滅する。
箱の表示が変わった。
――外部部隊接近。
――人数、四十七。
黒服の男が立ち上がる。
「早いな」
「誰だ?」
青年が聞く。
「俺を捕まえに来た奴らだ」
「未来の人間?」
「違う」
黒服の男は銃を拾った。
「この時代の人間だ」
扉の向こうから、足音が聞こえてくる。
一つ。
二つ。
十。
さらに増えていく。
銃声が響いた。
男は青年を見る。
「俺は、お前を助けるとは言ってない」
「分かってる」
「場合によっては、お前とも敵になる」
「それも分かってる」
黒服の男は少し笑った。
「だったら話が早い」
銃を構える。
「今は、同じ敵を相手にする」
青年も箱を拾った。
直人が震える手で武器を握る。
「俺は……どうすればいい?」
青年は答えなかった。
その代わり、扉を見た。
「自分で決めろ」
直人は一瞬、驚いた。
そして。
ゆっくりと頷いた。
「……分かった」
扉が吹き飛んだ。
兵士たちが一斉に突入する。
銃声が地下施設を揺らした。
青年は走った。
黒服の男も走った。
銃を持った男も別の方向へ走った。
三人は同じ場所にいた。
同じ敵と戦っていた。
だが。
誰も、同じ目的ではなかった。
青年は街を守りたい。
黒服の男は生き残りたい。
銃を持った男は、自分が積み上げた取引を守りたい。
そして直人は――。
まだ、自分が何を望んでいるのか分からない。
それでも。
四人は同じ戦場に立っていた。
その光景を、未来の人間たちは見ていた。
ある者は青年を見ている。
ある者は黒服の男を見ている。
ある者は軍服の男を見ている。
そして、ある者は新しく現れた直人を見ている。
画面の数字が、それぞれ別々に動いていた。
誰かの支援が増える。
誰かの支援が減る。
誰かが観測をやめる。
別の誰かが、新しい人物を見始める。
未来では。
誰もが同じものを見ているわけではなかった。
そして。
この時代でも。
誰もが同じ理由で戦っているわけではなかった。
青年は、初めて理解し始めていた。
敵だからといって、同じ人間とは限らない。
味方だからといって、同じ目的を持っているわけでもない。
ただ。
同じ場所に立つ瞬間だけがある。
その瞬間が終われば。
また、それぞれの道に戻っていく。
銃声が、もう一度響いた。
青年は走った。
今はまだ。
四人の利害が、同じ方向を向いていた。




