第128章 指定された受取日
翌日、男主はこれまでに集めた帳簿と伝票を机の上に並べた。
注文者と受取人が異なる取引。
これまでは、それぞれの店で記録を個別に確認してきた。しかし、複数の記録を照合しても、仲介者の正体はまだ分からない。
「ここから先は、帳簿を探し続けるだけじゃ限界があるな」
直人が言った。
「そうだな。記録が残っていないなら、別の方法で相手を見つける必要がある」
男主は一枚の伝票を手に取った。
そこには、注文を受けた日付と、品物を受け渡す日付が別々に記されていた。
「注文を受けた時点では、店は最終的な受取人を知らなかった可能性がある。でも、受け渡しの日には、誰かが品物を取りに来たはずだ」
「その人間が仲介者だったとは限らないだろう?」
「そのとおりだ。だから、受取人を一人見つけただけで終わりにはしない。ただ、複数の店で同じ仕組みが使われているなら、受け渡しを取りまとめる人間がいる可能性はある」
男主は、これまで調べた店の中から、現在も営業していて、注文から納品までを仲介者経由で行える店を選んだ。
そして、その店を訪ねた。
店主は二人を作業場へ案内した。
男主は、金属製の小型牌を一定数注文したいと伝えた。
「大きさや形は、こちらの資料を参考にしてください。刻印については、以前見せていただいたものに近い形式でお願いします」
彼は、実物の身份牌そのものではなく、寸法と形状を参考にした図面を渡した。元の牌は引き続き手元に保管していた。
店主は図面を確認した。
「作ることはできる。ただ、通常の注文とは違って、受け渡しを仲介者経由にしたいということか?」
「はい。以前から、この店ではそうした取引も扱っていると伺いました。今回も、普段どおりの方法でお願いしたいんです」
店主は少し考えた。
「注文を受けること自体はできるが、仲介者が引き受けるかどうかは分からないぞ」
「それは承知しています。もし受け渡しができるなら、指定した日に受け取りたいと思っています」
男主は、受け渡しの希望日を伝えた。
店主は条件を確認した後、注文を受けることに同意した。
「では、確認が取れたら連絡しよう」
男主は礼を言い、店を出た。
直人は歩きながら尋ねた。
「本当に来ると思うか?」
「分からない。ただ、相手が今もこの仕組みを使っているなら、いつもと同じ方法で注文が来たとき、無視するとは限らない」
「もし、別の人間が受け取りに来たら?」
「その場合は、受け渡しの方法と記録を確認する。無理に追いかけたり、相手を捕まえたりするつもりはない」
男主は、今回の目的を明確にしていた。
仲介者を見つけること。
そして、その人物が何を知っているのか、どこまで取引に関わっているのかを確かめること。
相手を見つけたからといって、すべてを聞き出せるとは限らない。
それでも、これまでのように残された記録を探すだけでは得られない情報があるかもしれなかった。
数日後、店主から連絡が届いた。
注文は受け付けられ、指定した日に受け渡しができるという。
男主は直人とともに、当日の準備を進めた。
二人は事前に店へ行き、注文品が完成していることを確認した。
小型の金属牌は、図面に沿って作られていた。
刻印の位置も、表面の仕上げも、依頼した条件に合っている。
男主は完成品を確認した後、店主に尋ねた。
「受け取りに来るのは、いつもの仲介者でしょうか?」
店主は首を横に振った。
「誰が来るかまでは、こちらも知らされていない。指定された時間に品物を渡す。それだけだ」
男主は頷いた。
「分かりました。では、当日はよろしくお願いします」
受け渡しの当日。
男主と直人は、店主から指定された場所へ向かった。
そこは、店の裏手にある小さな荷物置き場だった。人通りは少なく、品物の搬出入にも使われている場所だった。
男主は周囲を確認し、直人と少し離れた位置に立った。
しばらくすると、一人の男が現れた。
男は周囲を確認してから、店主に声をかけた。
「注文した品物は用意できているか?」
店主は完成した金属牌を見せた。
男は数を確認し、刻印と形状を確かめた。
「注文どおりだな」
男は代金の受け渡しについて確認しようとしたが、そこで初めて、少し離れた場所に立つ男主の存在に気づいた。
男の表情が変わった。
「……誰だ、お前は?」
男主は前に出た。
「この注文を依頼した人間です。少し話を聞かせてもらえませんか」
男は金属牌から手を離した。
「何の話だ?」
「以前から、この店を通じて取引をしている方ですよね。注文と受け取りを仲介する仕組みについて、確認したいことがあります」
男は男主をじっと見つめた。
やがて、店主に視線を向けた。
「お前は、こいつが何者か知っているのか?」
店主は困惑した様子で答えた。
「注文を依頼した客だ。それ以上のことは知らない」
男は再び男主を見た。
「……そうか。お前が今回の注文主か」
その声には、警戒だけでなく、苛立ちも混じっていた。
男主は相手の反応を見ながら、慎重に言葉を選んだ。
「あなたが誰なのか、まだ知りません。ただ、これまでの取引記録を調べていて、注文をまとめていた人間がいることが分かりました」
男はしばらく黙っていた。
そして、完成した金属牌を見下ろした。
「お前は、何を探している?」
男主は答えた。
「以前、別の場所で手に入れた身份牌について調べています。製造元や取引経路を追っているのですが、直接の記録が見つかりません。そこで、仲介者を通じた取引について確認したいと思いました」
男の目がわずかに細くなった。
「身份牌……?」
彼はその言葉を繰り返した後、男主を見据えた。
「お前は、誰に頼まれてここへ来た?」
「誰にも頼まれていません。自分で調べています」
男はすぐには答えなかった。
周囲を一度見回し、それから男主へ視線を戻した。
「なら、なおさら話すことはない」
彼は金属牌を店主に返した。
「今回の取引は中止だ。代金もいらない」
男主が呼び止めようとするより早く、男は一歩下がった。
「お前が何を知っているのかは知らない。だが、こういう方法で人を呼び出すのは感心しないな」
男主は、その場から動かなかった。
「騙すつもりはありません。ただ、直接話をする機会がなかったので、注文を通じて接触できないかと考えました」
「同じことだ」
男は冷たく言った。
「お前は、こちらが何者なのかも知らずに、取引を利用した。これ以上、話すことはない」
男は店主に背を向け、そのまま荷物置き場を離れた。
男主は追いかけなかった。
直人が近づいてきた。
「どうする?」
男主は、男が去っていった方向を見た。
「今日は、これ以上追わない」
「逃げられたぞ」
「分かっている。でも、ここで無理に追いかけても、何も得られない可能性が高い。相手は俺たちを警戒している。まず、今回の接触で何が分かったのか整理しよう」
男主は店主に礼を言い、完成した金属牌を受け取った。
仲介者の正体は分からなかった。
なぜ身份牌という言葉に反応したのかも、まだ分からない。
ただ、相手は注文を取りまとめる立場にあり、取引の中止を自分の判断で決められるようだった。
そして、男主が身份牌を調べていると知った瞬間、態度を変えた。
それは、次に確認すべき事実だった。
男主は宿へ戻り、今回の出来事を手帳に記録した。
仲介者と接触した。ただし、相手は調査を警戒し、取引を中止した。
その下に、もう一つ書き加えた。
身份牌という言葉に反応した理由は不明。
男主は筆を置いた。
ようやく仲介者に接触できたものの、話を聞き出すことはできなかった。
それでも、相手が何も知らない人間ではないことは分かった。
次にどう動くか。
男主は、まず相手が何を警戒したのかを考えることにした。




