第127章 消えた注文主
翌日、男主と直人は、用途不明の金属板を注文した人物の名前を手掛かりに、別の店の記録を調べ始めた。
前日の工房では、同じ名前が複数回の注文に記されていた。
しかし、その人物が仲介者だったのか、単なる商人だったのかは分からない。
男主は、まず過去に訪れた店のうち、古い加工品の取引記録が残っていた店へ向かった。
店主は二人を覚えていた。
「今日は何を探しているんだ?」
「以前見せていただいた帳簿について、もう一度確認したいことがあります。特定の人物が、ほかの店でも取引していたかどうかを調べています」
男主は名前を書いた紙を見せた。
店主は紙を受け取り、しばらく考えた。
「すぐには分からないが、古い帳簿なら残っている。確認してみよう」
店主が帳簿を持ってくる間、男主は直人と前日の記録を見直した。
「もし同じ名前が見つかったら、どうする?」
直人が尋ねた。
「まずは取引の時期と内容を確認する。同じ名前でも別人の可能性があるし、取引内容が違えば、身份牌とは関係ないかもしれない」
「見つからなかったら?」
「それなら、この名前を追う優先度を下げる。今のところ、ほかの候補もあるからな」
ほどなくして、店主が数冊の帳簿を持って戻ってきた。
男主は該当する時期を中心に、ページを一枚ずつ確認した。
一冊目には名前がなかった。
二冊目にも見当たらない。
三冊目を開いたとき、直人が別の記載を指した。
「この人じゃないか?」
そこには、前日の工房で確認した名前と、よく似た名前が書かれていた。
ただし、一文字だけ違っていた。
男主は二つの名前を見比べた。
「同じ人物かもしれないけれど、これだけでは断定できないな」
店主も帳簿を確認した。
「古い記録だから、書き間違いがあった可能性もある。だが、別人の可能性もあるぞ」
男主はその記載を写し取り、取引内容を確認した。
記録されていたのは、金属部品の受け渡しだった。
数量は少なく、用途も書かれていない。
日付は、前日の工房に残っていた注文の時期と近かった。
「この取引について、ほかに資料はありませんか?」
男主が尋ねると、店主は帳簿の後ろに挟まっていた紙を取り出した。
それは、受け渡しを確認するための簡単な控えだった。
しかし、そこにも詳しい情報はなかった。
名前と日付、受け渡しが完了したことを示す印だけが残っている。
男主は控えを見つめた。
「この印は、誰が押したものか分かりますか?」
「店の印ではないな。受け取り側が持っていた印かもしれないが、今となっては分からない」
「この印を見たことはありますか?」
店主は首を横に振った。
「覚えていない。似たような印を使う人間は、当時も何人かいたからな」
男主は、それ以上の質問を重ねなかった。
新しく見つかったのは、似た名前と、時期の近い取引記録。
それだけだった。
店を出たあと、直人は手帳を見ながら言った。
「名前も似ているし、取引の時期も近い。関係がある可能性は高いんじゃないか?」
「可能性はある。ただ、まだ確認できていないことが多い」
「例えば?」
「名前が同じ人物を指しているか。金属部品が何だったのか。取引をした人間が、注文をまとめる立場だったのか。どれも分からない」
直人は納得したように頷いた。
「じゃあ、次はどうする?」
男主は手帳を閉じた。
「この名前を使って、さらに店を回るのは一度止めよう。今の情報だけでは、どこへ行けばいいのか決められない」
「別の手掛かりに移るのか?」
「そうだ。今までの記録をまとめて、どの店にも共通しているものがないか調べる」
二人は宿へ戻り、これまでの記録を机の上に並べた。
工房ごとの注文書。
材料の仕入れ帳簿。
加工品の取引記録。
修理品の受け取り控え。
仲介取引らしき伝票。
それぞれの記録に書かれている情報は異なっていたが、共通しているのは、注文主と実際に品物を受け取る人間が同じとは限らないという点だった。
男主は一枚ずつ記録を確認し、名前、日付、数量、印の有無を整理した。
すると、複数の記録に共通する特徴が一つ見つかった。
注文を持ち込んだ人間と、受け取りを確認した人間が、別々に記されている取引があったのだ。
すべての記録に当てはまるわけではない。
だが、少なくとも一部の取引では、注文と受け取りが分かれていた。
「これだな」
男主は該当する記録を直人に見せた。
「注文を持ってきた人間が、そのまま品物を受け取ったとは限らない」
「つまり、途中で別の人間が受け取っていた可能性があるのか」
「そうだ。ただし、運搬を担当しただけかもしれないし、仲介者が別の人間を使っていたのかもしれない。そこはまだ分からない」
直人は複数の記録を並べた。
「これなら、名前を探すよりも、受け取りの方法を調べたほうがよさそうだな」
「俺もそう思う。名前だけを追っても、同一人物かどうか分からないままだ。でも、注文と受け取りが分かれている取引を調べれば、品物がどんな経路で動いていたのか、もう少し見えてくるかもしれない」
男主は新しい調査項目を手帳に書いた。
注文者と受取人が異なる取引の経路を確認する。
その下には、具体的な作業も記した。
該当する取引を一覧にする。
受取人の名前や印が残っているか確認する。
複数の店で同じ人物が受け取りを担当していないか照合する。
これなら、次に調べる対象を決められる。
夜になってから、男主は応援者に調査の結果を送った。
『同じ名前に似た記載は見つかりましたが、同一人物とは断定できませんでした。一方、注文した人間と品物を受け取った人間が異なる取引が複数ありました。今後は、その受け渡しの経路を調べます』
返事はしばらくして届いた。
『その方向なら、これまでの記録を活用できますね。人物の名前を追うより、取引の構造を比較するほうが、確認できる事実が増えるかもしれません。ただし、別々の受取人が同じ組織に属していたとは限らないので、そこは分けて考えたほうがよいと思います』
男主は返信を読んでから、手帳に最後の一文を書き加えた。
受取人が同じとは限らない。取引の共通点を先に確認する。
身份牌の製造元は、まだ特定できていない。
注文を取りまとめた人物も、分からないままだ。
しかし、男主はようやく、何を比較すればよいのかを具体的に整理できた。
明日からは、受取人が異なる取引を中心に、記録を照合していく。
そこから何が分かるかは、まだ誰にも分からない。
ただ、これまでの調査で得た記録を使えば、次の一歩を選ぶことはできる。
男主は帳簿をまとめ、机の引き出しにしまった。




