第126章 注文をまとめる者
翌朝、男主は直人とともに、これまで訪れた店の記録を整理した。
前日に見つかった伝票には、品物の名前ではなく、同じ記号が繰り返し記されていた。
それが何を意味するのかは分からない。
ただ、複数の取引をまとめて管理する人間がいたという店主の話は、これまでの調査を見直す理由になった。
「最初に行った金属加工の工房にも、同じような取引があったかもしれないな」
直人が言った。
「そうだな。あの工房では、刻印のある品物について詳しく聞いたけれど、注文を誰が持ち込んだのかまでは確認していなかった」
男主は手帳を開き、訪れた店を順番に書き出した。
最初の工房。
閉鎖された古い工房。
材料を納めていた商店。
加工品を扱っていた別の店。
そして、修理の記録が残っていた店。
これらの店が同じ仲介者と取引していたなら、注文の流れをたどる手掛かりになる。
反対に、それぞれが別の仲介者を使っていたなら、調査はさらに複雑になるだろう。
二人は、まず最初に訪れた金属加工の工房へ向かった。
職人は二人を見ると、以前の話を思い出したように頷いた。
「今度は何を調べるんだ?」
男主は、身份牌の製造元を探していることを改めて説明したうえで、注文の受け渡しについて尋ねた。
「以前、刻印の加工方法について教えていただきましたよね。今回は、こうした品物の注文が、どのような経路で工房に届くのかを知りたいんです」
職人は腕を組んだ。
「注文の経路か。普通なら客が直接来るが、まとまった注文なら仲介する人間がいる場合もある」
「その場合、最終的に誰が品物を使うのか、工房では分からないこともありますか?」
「もちろんだ。注文を持ってくる人間が代金を払い、品物を受け取る。それで取引は成立する。こちらが、その先の事情まで知る必要はないからな」
男主は頷いた。
「以前、この工房で仲介者を通した取引があったかどうか、記録は残っていますか?」
「古い注文書ならあるかもしれない。ただ、全部を保存しているわけではないぞ」
職人は奥から一冊の帳面を持ってきた。
そこには、過去の注文が簡単に記録されていた。品名、数量、代金、受け取りの日付。そして、注文を持ち込んだ人物の名前が記されているものもあった。
男主は身份牌の寸法と、刻印の特徴をまとめた資料を取り出した。
「この形に近い品物の注文がないか、確認してもいいでしょうか」
職人は資料に目を通した。
「形だけでは分からないが、少し見てみよう」
二人は帳面を確認し始めた。
最初の数ページには、一般的な農具や修理部品の注文が並んでいた。
さらに先へ進むと、用途が記されていない小型の金属板が、まとまった数量で注文されていた記録が見つかった。
男主はそのページを指した。
「これは何でしょうか?」
職人は帳面を覗き込んだ。
「小型の金属板だな。注文した人間が用途を説明しなかったのか、記録する必要がなかったのかは分からない」
「この注文を持ち込んだ人は、覚えていますか?」
「いや、名前だけでは何とも言えない。何年も前のことだからな」
男主は注文日と数量、記載された名前を手帳に写した。
ただし、その金属板が身份牌だったという証拠はない。形状の詳しい説明もなく、刻印についても記録されていなかった。
「この注文を受けたとき、特別な加工をしたのでしょうか?」
「帳面には何も書いていない。特別なものだったなら、作業記録が別に残っている可能性はあるが、探してみなければ分からない」
男主はすぐに追加の調査を求めず、先に帳面のほかのページを確認した。
同じ名前が何度か登場していた。
ただし、注文内容は毎回異なり、金属板だけを扱っていたわけではない。
その人物が単なる商人なのか、仲介者なのか、あるいは最終的な注文主なのかは分からなかった。
「この人は、よく工房に来ていたんですか?」
男主が尋ねると、職人は少し考えた。
「名前は何度か見たことがある。だが、本人が直接来ていたのか、別の人間が名前を使って注文していたのかまでは覚えていない」
「そうですか。ありがとうございます」
男主は帳面を返した。
工房を出たあと、直人が言った。
「小型の金属板がまとまった数量で注文されていたな」
「そうだな。ただ、身份牌だとは限らない。形も刻印も分からない以上、同じものだと考えるのは早い」
「でも、注文した人間の名前は残っている」
「そこが重要だ。別の店の記録にも同じ名前があれば、取引のつながりが見えてくるかもしれない」
男主は手帳を開き、今回の注文記録を、これまで見つかった仲介取引の記録と並べた。
名前は一致していなかった。
日付も違う。
数量も、まだ比較できるだけの情報がない。
この段階で、両者を結びつける根拠はなかった。
それでも、調べる対象は少しずつ具体的になっていた。
単に身份牌に似たものを作った工房を探すのではなく、用途が明記されていない注文を誰が持ち込んだのか、そしてその人物がほかの店でも取引していたのかを確認する。
男主は、その方針を手帳に書き加えた。
宿へ戻る途中、直人が尋ねた。
「もし注文した人間が見つかっても、そいつが本当の注文主とは限らないんだよな?」
「そうだ。だから、名前が見つかっただけで追い詰めるつもりはない。複数の記録がつながってから考える」
「時間がかかりそうだな」
「かかるだろうな。ただ、急いで間違った相手を追いかけるよりはいい」
男主は連絡用の道具を取り出し、応援者に調査の結果を伝えた。
今回も、確かな答えは得られていない。
しかし、用途不明の金属板が一定の数量で注文されていた記録と、複数回の注文に同じ名前が記されていたことは確認できた。
返事はしばらくして届いた。
『その記録は残しておく価値がありそうですね。ただし、注文した人間が仲介者だったかどうかは、まだ分かりません。別の店の記録と照合できるまでは、候補の一つとして扱うのがよいと思います』
男主は短く返信した。
『分かった。ほかの店の記録と照合してみる』
画面を閉じ、彼は手帳を開いた。
今、追っているのは一つの名前ではない。
身份牌がどこで作られ、誰が注文し、どのような経路で運ばれたのかという流れそのものだった。
その流れのどこかに、これまで見えなかった人物がいるかもしれない。
だが、その人物を見つけたとしても、すべてが分かるとは限らない。
男主は、次に確認する店を決めた。
明日は、用途不明の金属板を注文した人物の名前が、別の取引記録にも残っているかを調べる。
それが確認できなければ、別の方向へ進む。
調査を続けるために必要なのは、いつまでも同じ手掛かりにしがみつくことではなかった。




