第117章 牌の持ち主を探す
男主は机の上に、手元にあるものを一つずつ並べた。
祖先の日記。二通の手紙。三つの宝箱について記録した紙。そして、高橋家から奪われた箱のことを書き留めた覚え書き。
最後に、布に包んでいた小さな牌を置いた。
どれも、これまでの出来事と無関係ではないはずだった。
しかし、目の前に並べてみても、何かが分かるわけではなかった。
日記には古い契約や管理区についての記録がある。手紙は男主を特定の場所へ導いた。宝箱は過去の所有者たちをつなぐ手掛かりになっている。
一方、高橋家の箱は奪われたままだ。
そして、箱を奪った者たちが残したのは、正体の分からない牌だけだった。
男主は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。
「……どこから手をつければいいんだ」
口に出しても、答えは返ってこなかった。
榊原には、牌の持ち主を調べるなと忠告された。
忠告を無視して調査を進めることはできる。しかし、相手がどれほどの力を持っているのか分からない以上、むやみに踏み込むのは危険だった。
かといって、何もせずに待っていれば、高橋家の箱が自然に戻ってくるわけでもない。
男主は牌を手に取った。
表面には簡素な刻印がある。裏側には目立った文字がなく、長い年月を経たような細かな傷が残っていた。
初めて見たときには、何か特別な組織の印ではないかと思った。
だが、それを確かめる方法が分からない。
彼は牌を机に戻し、しばらく考えたあと、普段から支援者とやり取りするために使っている画面を開いた。
支援者と直接会えるわけではない。
相手がどこにいるのかも、どんな人物なのかも分からない。ただ、限られた仕組みを通じて、言葉を交わすことだけはできた。
男主は少し迷ってから、メッセージを送った。
『相談したいことがある』
返事は、しばらくして届いた。
『何があった?』
男主は、最初から順を追って説明することにした。
祖先の日記を調べてきたこと。三つの宝箱から古い契約に関する記録が見つかったこと。高橋家が代々保管していた箱を、仮面の集団に奪われたこと。
そして、二通目の手紙に従って指定された場所へ行き、死侍と呼ぶことにした集団に襲われたこと。
男主は、自分たちが戦ったときの状況も詳しく書いた。
相手の人数。互いの位置。負傷した仲間を残して撤退したこと。倒れた者たちが死んだふりをしていたこと。
最後に、見つけた牌のことと、榊原から受けた忠告を伝えた。
メッセージを書き終えるころには、窓の外が暗くなり始めていた。
男主は送信し、返事を待った。
すぐには反応がなかった。
彼は机の上の資料に目を落とした。
これまで、情報を集めれば少しずつ答えに近づけると思っていた。
しかし、情報が増えるにつれて、分からないことも増えていった。
自分の祖先は何を調べていたのか。
なぜ複数の箱が別々の家に残されていたのか。
高橋家の箱を奪った者たちは、誰の指示で動いていたのか。
そして、自分はどこまで踏み込んでいいのか。
男主には、まだ何一つ確かな答えがなかった。
画面に、新しいメッセージが表示された。
『牌そのものを、もう少し詳しく調べたことはある?』
男主はすぐに返事をした。
『刻印と形を確認しただけだ。裏側にも、はっきりした文字はない』
『材質は?』
男主は牌を持ち上げ、指先で表面をなぞった。
『金属だと思う。だが、種類までは分からない』
『本当に金属かどうか、確かめた?』
その問いに、男主は手を止めた。
改めて考えると、確かめたとは言えなかった。
見た目や重さから、金属だと判断していただけだ。専門家に鑑定してもらったことも、成分を調べたこともない。
『いや。そこまではしていない』
支援者から、すぐに返事が届いた。
『なら、そこから始めてみたらどうだろう』
男主は画面を見つめた。
『材質を調べるだけで、持ち主が分かるのか?』
『材質だけで個人を特定するのは難しいと思う。でも、使われている材料や加工の方法が分かれば、製造された時代や地域を絞れるかもしれない』
男主は、机の上の牌を見た。
『製造された場所を調べる、ということか』
『そう。金属の配合、表面の処理、刻印のつけ方、縁の仕上げ。そういう部分には、作った人や工房の特徴が残ることがある。同じ材料を使っている工房があるかもしれないし、特定の時期にしか使われなかった加工方法かもしれない』
支援者は続けた。
『まずは、材質を調べられる人を探す。それから、似た製品を作っている工房や、過去に同じような牌を製造した記録がないかを調べる。製造元が分かれば、誰が注文したのか、どこへ納められたのかをたどれる可能性もある』
男主はゆっくりとうなずいた。
それなら、榊原の忠告を無視して、いきなり牌の持ち主を追いかける必要はない。
人を探す前に、物そのものを調べればいい。
牌がどこで作られたのか。誰が製造を依頼したのか。どこへ運ばれたのか。
そうした事実を積み重ねていけば、最終的な所有者に近づけるかもしれない。
もちろん、製造元が分かったからといって、最後の持ち主まで必ず判明するとは限らない。古い品物なら、何人もの手を経ている可能性もある。
それでも、何も分からないまま人間の組織を追うよりは、調査の範囲を自分で決めやすかった。
『ただし、気をつけて』
支援者から、もう一通届いた。
『調べることと、相手に知らせることは別だよ。製造元を調べるだけなら、まだ相手の組織に直接接触する必要はない。最初から誰が持っているかを聞き回れば、君が牌を手に入れたことまで知られるかもしれない』
男主は、その言葉を読み返した。
榊原も、似たことを言っていた。
相手を調べることで、自分が調べられる側になる可能性がある。
ならば、まずは牌に残された情報だけを調べる。
人間を追うのは、その結果を見てからでも遅くはない。
男主は返事を書いた。
『分かった。まずは材質と製造元を調べてみる』
送信すると、少し間を置いて、支援者から返事があった。
『それと、調べた結果が出ても、すぐに一つの結論に決めつけないこと。同じ材料を使う工房が複数あるかもしれないし、刻印を真似て作ることもできる。いくつかの情報が一致してから、次へ進めばいい』
『ありがとう。何から手をつければいいのか分からなくなっていた』
『分からないときは、分かっていることと、まだ確かめていないことを分けるといい。全部を一度に解決する必要はないよ』
男主は画面を閉じた。
机の上には、相変わらず多くの資料が並んでいた。
祖先の日記も、二通の手紙も、三つの宝箱に関する記録も、今すぐ答えを教えてはくれない。
高橋家の箱も戻っていない。
しかし、目の前の牌については、次に何をすべきかが少し見えてきた。
男主は紙を一枚取り出し、調査項目を書き始めた。
まず、材質の確認。
次に、加工方法と刻印の特徴。
それから、製造された地域と工房の候補。
最後に、製造記録や注文記録が残っているかどうか。
分からないことを、分からないままにしておく。
その代わり、確かめられることから一つずつ確認する。
男主は牌を布で包み、なくさないようにしまった。
まだ、誰がこれを持っていたのかは分からない。
それでも、ようやく次の一歩が見えた気がした。




