第111章 記録の外側
翌朝、主人公は榊原から受け取った試験記録を、最後のページまで確認した。
記録に残された試験は、箱を一つずつ調べるものから、複数の箱を組み合わせるものまで幅広かった。熱や圧力を加えたものもあれば、箱の向きや配置を変えたものもある。
しかし、試験結果の多くは同じだった。
変化なし。
主人公は、その文字を見ながら、過去の試験を一つずつ整理していった。
「これで、榊原たちが何を試したのかは、だいたい分かったな」
直人が言った。
「記録に残っている範囲ではな」
主人公は、表の空欄を指した。
「ただし、全部の試験が同じ精度で記録されているわけじゃない。箱の番号が不明なものもあるし、条件が省略されているものもある」
「もう一度やり直すのか?」
「全部はやらない。再現できるものと、記録が足りなくて再現できないものを分ける」
主人公は、試験記録の末尾に二つの項目を追加した。
再現可能。
再現条件不明。
過去の記録をそのまま繰り返すのではなく、どこまで確かめられるのかを明確にするためだった。
***
昼前、主人公は榊原に整理結果を送った。
榊原からは、確認したいことがあると返事が来た。
『一つ、記録にない試験があったかもしれない。以前、複数の箱を調べていた者が、正式な試験記録とは別に作業をしていた可能性がある』
主人公は画面を読み返した。
『その人物は、誰ですか』
『当時、箱の調査を担当していた者の一人だ。すでに我々のところを離れている。詳しい事情は分からない』
主人公は、以前に聞いた話を思い出した。
榊原の一団では、過去に二つの箱の所在が分からなくなっていた。調査を担当していた人物の一人が、報告を残さないまま一団を離れていたという。
今回の話が、その人物と同じ件なのかは、まだ分からない。
主人公は確認した。
『その人物が、所在不明の箱を扱っていた可能性はありますか』
返事は少し遅れて届いた。
『可能性はある。ただし、箱を持ち出したと確認できる記録はない』
主人公は、その答えを記録した。
箱を扱っていた可能性がある。
しかし、持ち出した証拠はない。
それ以上でも、それ以下でもなかった。
「その人を探すのか?」
直人が尋ねた。
「すぐには決めない。まず、榊原たちが持っている情報を確認する」
「見つかったら、何を聞く?」
「どんな試験をしていたのか。どの箱を使ったのか。記録に残っていない作業があったのか。それを聞く」
主人公は資料を閉じた。
「箱を持ち出したと決めつけるつもりはない。単に、記録にない試験の内容を知っているかもしれないからだ」
直人はうなずいた。
二人は、その人物に関する情報を榊原から受け取ってから判断することにした。
***
午後、榊原から追加の資料が届いた。
そこには、元調査担当者の名前と、当時の所属、最後に確認された連絡先が記されていた。
名前は高橋という。
箱の試験を担当していた期間は数年に及ぶが、最後の一年ほどは正式な報告書がほとんど残っていなかった。
その理由は記録されていない。
榊原の一団を離れた時期も、おおよその年月しか分からなかった。
主人公は資料を読み終え、直人に渡した。
「この人が、何か知っている可能性はあるな」
「ただ、何を知っているかは分からない」
「そうだな」
主人公は、資料に書かれた連絡先を確認した。
住所は古く、今も住んでいるかどうかは分からない。榊原も、本人と連絡が取れるかどうかは把握していなかった。
「まずは、連絡が取れるか確認する。いきなり訪ねていくのは、そのあとだ」
主人公は榊原に、連絡先の情報が現在も有効か確認してほしいと頼んだ。
榊原は了承した。
今回の調査は、古い帳簿を追う作業とは違う方向へ進み始めていた。
箱の過去の所有者ではなく、箱を実際に調べていた人間を探す。
その人物が答えを持っている保証はない。
そもそも、記録に残っていない試験が本当にあったのかさえ、まだ確かめられていない。
それでも、今までの記録を整理したことで、新しく確認すべき相手が一人見つかった。
***
夕方、主人公は机の上に並べていた箱を一つずつ片づけた。
試験をするためではない。
箱の印や傷を確認し、記録と現物が一致しているかを確かめるためだった。
以前、榊原の一団が試験に使った箱の中には、現在の所在が確認できないものがある。
その箱がどこへ行ったのかは分からない。
高橋という人物が関わっていた可能性はあるが、まだ何も確定していない。
主人公は、調査記録に一文を書き加えた。
《元調査担当者・高橋。記録にない試験について確認予定。所在不明の箱との関係は未確認》
書き終えたところで、端末が震えた。
いつもの相手からだった。
『今日はどうだった?』
主人公は返事を打った。
『箱を調べていた人の記録が見つかった。正式な記録に残っていない作業があったかもしれない』
『その人に会えそう?』
『まだ分からない。連絡先が古いから、まずは確認する』
少しして、返事が届いた。
『会えたら、何か分かるといいね』
主人公は短く返信した。
『そうだな。ただ、何も知らない可能性もある』
端末を置き、主人公は部屋の明かりを落とした。
調査は、また別の方向へ進むことになった。
古い記録をどれだけ集めても分からなかったことが、当時の人間に尋ねれば分かるかもしれない。
逆に、その人物に会っても何も得られない可能性もある。
主人公は、どちらもあり得るものとして受け止めていた。
明日は、榊原からの連絡を待つ。
その結果を見てから、次の行動を決めることにした。




