第109章 調査の終わり方
翌朝、主人公は榊原から届いた連絡を確認した。
榊原の一団でも、過去の取引記録を調べ直していたが、前日に見つかった仲介人の次の受取人を特定できる資料は見つかっていなかった。
代わりに、一つの情報が届いていた。
所在不明になっていた箱のうち一つについて、最後に保管していた人物の名前が分かったという。
主人公はすぐに返信した。
『その人物について、どこまで分かっていますか』
返事によると、その人物はかつて各地の商家と取引していた小規模な商人だった。箱を所有していたのか、誰かから預かっていただけなのかは分からない。記録には、一定期間保管していたことだけが記されていた。
商人はすでに亡くなっており、家族も商売を引き継いでいなかった。
ただ、当時の帳簿の一部が、以前の取引先に渡された可能性があるという。
主人公はその情報を直人に伝えた。
「また別の町か」
「そうなるな」
「行っても、何も見つからない可能性はあるぞ」
「あるだろうな」
主人公は地図を広げた。
「でも、今回は調べる対象がはっきりしている。箱を持っていたかもしれない人物と、その取引先だ。行く価値があるかどうかは、移動にかかる時間と、確認できる可能性を考えて決めればいい」
二人は必要な資料をまとめ、出発することにした。
***
目的地は、以前に調べた商家の町から少し離れた場所にあった。
到着後、主人公たちは取引先だった家の子孫を訪ねた。
事情を説明すると、相手は古い帳簿を保管していることを認めた。ただし、長年使っていなかったため、すぐに該当する資料を見つけられるとは限らないという。
主人公たちは、許可を得て帳簿を確認した。
古い記録には、商品の種類や数量、代金が細かく書かれていた。一方、特定の期間だけ、品名を省略した取引がいくつかあった。
主人公は日付を照合した。
榊原から提供された保管記録と、時期が近いものが一件あった。
しかし、取引相手の名前は略されており、同じ人物だとは確認できなかった。
直人は帳簿の別のページをめくった。
「こっちは、同じ相手らしい名前が何度か出ている」
主人公は記録を確認した。
確かに、似た略称が繰り返し登場していた。だが、品名は異なり、取引金額もばらばらだった。
「この商人が、複数の取引をしていたことは分かる。でも、どれが箱に関係しているかは分からない」
「また、そこか」
「そうだな」
主人公は帳簿を閉じずに、もう一度、該当する期間を確認した。
箱に関係する取引が含まれている可能性はある。
だが、可能性があるというだけで、特定の取引を選ぶことはできない。
二人は帳簿の該当箇所を記録し、持ち主に礼を述べた。
***
宿に戻ったあと、主人公は榊原に調査結果を送った。
榊原は記録を確認すると、しばらくして返信した。
『こちらの保管記録と照合してみる。ただ、現時点では直接一致する情報はない』
主人公は、その返事を読んでから机に資料を並べた。
川瀬家の帳簿。
黒田家の預かり物の記録。
南雲家の受領書。
高瀬宗一の勤務記録。
複数の仲介人の記録。
そして、今回見つかった商家の帳簿。
これだけの資料を集めても、箱の所在を確定することはできなかった。
もちろん、すべてが無関係だと証明されたわけでもない。
ただ、今の資料からは、それぞれの記録を一本の経路につなげることができない。
主人公は紙に二つの項目を書いた。
《確認できた事実》
《確認できていない推測》
前者には、実際に残されていた記録だけを書いた。
後者には、箱との関係が考えられるものの、証拠が足りない記録を書き出した。
分けてみると、後者のほうが圧倒的に多かった。
直人は一覧を見て言った。
「この調査、いったん止めるのか?」
「今の資料を追うのは、いったん止める」
主人公は答えた。
「新しい帳簿や別の証言が出てきたら再開する。でも、今ある資料を何度も読み返しても、新しい情報は増えない」
「榊原たちも、それで納得するかな」
「納得するかどうかは、向こうの判断だ。俺は、確認できたことと、できなかったことを伝える」
主人公は榊原に、調査結果の整理を送った。
これまでの記録には、箱の移動や預かり物の取引に似た痕跡が残っている。
しかし、箱そのものを示す証拠は見つからなかった。
今後、新しい資料が得られれば、再び照合する。
それが現時点での結論だった。
***
翌日、榊原から返事が届いた。
『こちらも、今回の記録調査はいったん区切ることにする。今後、新しい情報が入れば、互いに知らせよう』
主人公は短く返した。
『分かった。こちらも同じ方針で進める』
これで、長く続いていた古い商取引の記録を追う調査は、一度区切りを迎えた。
箱の秘密が分かったわけではない。
所在不明の箱がすべて見つかったわけでもない。
ただ、今ある資料から分かる範囲と、これ以上調べても答えが出ない部分が明確になった。
主人公は資料を種類ごとに整理し、必要な写しを残した。
原本を返すものは返し、共有する記録は榊原にも送った。
調査のために借りた資料を、いつまでも手元に置いておく理由はない。
直人は片づけを手伝いながら言った。
「箱を開けるために始めたのに、結局、昔の商売の記録を調べることになったな」
「箱の持ち主を追っていたら、そうなっただけだ」
「最初から、こんなに時間がかかると思っていたか?」
主人公は少し考えた。
「思っていなかった。でも、時間がかかったからといって、最初のやり方が全部間違っていたとも思わない」
箱の来歴を調べることには意味があった。
ただし、それだけでは足りなかった。
次に何をするかは、今回の結果を踏まえて考える必要がある。
主人公は最後の資料を袋にしまった。
古い取引記録の調査は終わった。
箱そのものの調査は、まだ終わっていない。
二つは同じものではなかった。




