第107章 残された箱の行方
箱の整理を始めて三日目、主人公は榊原から届いた追加資料を受け取った。
資料には、榊原の一団がこれまでに保管してきた箱の一覧と、現在の所在が確認できているもの、所在不明になっているものが分けて記されていた。
主人公は一覧を読みながら、ある箇所で手を止めた。
「所在不明の箱が、以前聞いた数より多いな」
直人が隣から資料をのぞき込んだ。
「前に聞いたときは二つだったはずだ」
「そうだ。今回は、箱そのものが失われたと確認できたものと、記録だけが途切れているものが分けられている」
榊原の説明によれば、以前は単に所在が分からないものをまとめて数えていたらしい。
記録が途切れたからといって、箱が失われたとは限らない。
誰かに譲られた可能性もあれば、別の保管場所へ移された可能性もある。
主人公は一覧を整理し直した。
箱そのものの所在が不明なもの。
所有者が変わった後の記録がないもの。
収集記録に名前だけが残っているもの。
それぞれ、追い方が違う。
「この中で、最後の所在が分かっているものは?」
直人が尋ねた。
主人公は一つの記録を指さした。
最後に確認されたのは、二十年以上前の小さな商家だった。箱を預かったという記録はあるが、その後の返却や譲渡については何も書かれていない。
商家自体はすでに廃業していた。
ただし、当時の経営者の家族が別の町に住んでいることは分かっていた。
「まずは、ここから確認しよう」
主人公は記録の写しをまとめた。
これまで追ってきた古い運送記録とは別の経路だ。箱がどのように運ばれたのかではなく、誰が最後に保管していたのかを確かめる調査になる。
***
翌日、主人公と直人は、元商家の経営者の子孫が暮らす町を訪れた。
対応したのは、年配の男性だった。
主人公が箱の記録について説明すると、男性はしばらく考えたあと、古い書類を保管している部屋へ案内してくれた。
「父から、昔の商売の記録は捨てずに残しておけと言われていました。ただ、何が重要なのかまでは聞いていません」
部屋には、帳簿や手紙、取引先の名簿などが箱に入れて保管されていた。
主人公たちは、男性の許可を得て、該当する時期の記録を確認した。
しばらくして、直人が一枚の紙を見つけた。
そこには、榊原から提供された記録と同じ時期に、ある品物を一時保管したことが記されていた。
品名の欄は空白だった。
受け取りを示す署名と、保管料らしき金額だけが残されている。
主人公は、日付と署名を記録した。
「この荷物について、何か聞いていませんか」
男性は紙を見つめた。
「詳しくは知りません。ただ、父は昔、品物の名前を帳簿に書けない取引もあったと言っていました。相手の事情なのか、商売上の都合なのか、私は聞きませんでした」
「荷物がどこへ運ばれたかは?」
「それは分かりません。うちの商売は預かるところまでで、運び先を決めるのは依頼人でしたから」
主人公はうなずいた。
この記録が、榊原たちの探している箱に関係しているかどうかは分からない。
しかし、当時、品名を記さずに荷物を預かる取引が実際にあったことは確認できた。
「もう一つ、お願いしてもいいでしょうか。この時期の取引先が分かる名簿はありますか」
男性は別の箱を開け、古い名簿を取り出した。
そこには、複数の商家や仲介人の名前が並んでいた。
主人公は、すでに調べた名前がないか、一つずつ確認した。
そして、ある名前を見つけた。
以前に調べた預かり物の記録に登場した仲介人と、姓が一致していた。
ただし、名の部分は記載されていない。
同じ人物なのか、同じ家の別人なのかは分からなかった。
主人公は、その名前を新しい調査候補として記録した。
***
帰り道、直人が言った。
「また、決定的なものは出なかったな」
「そうだな」
「ただ、箱がどこにあったかを調べるだけじゃなく、当時の取引の仕組みも見えてきた」
主人公は少し考えてから答えた。
「見えてきた部分はある。でも、今回の取引が箱に関係しているとは限らない。そこは分けて考えよう」
「分かっている」
直人は肩をすくめた。
「ただ、全部が無関係だったとしても、こういう取引があったこと自体は事実だろう」
「そうだな。それも記録しておけばいい」
主人公は、調査結果を榊原へ送った。
今回の資料には、品名のない保管記録と、取引先の名簿が含まれていた。
榊原からは、すぐに返事が届いた。
『こちらの記録にも、似た姓の人物がいる。ただし、同一人物かは確認できていない。追加の資料を探してみる』
主人公は短く返信した。
『こちらも、別の記録が見つかれば照合する』
それ以上のやり取りはなかった。
互いに、まだ答えを持っていない。
だからこそ、確認できた情報だけを交換していく。
***
その夜、主人公は新しく見つけた記録を整理した。
これまでの調査では、箱の持ち主や運送業者を追ってきた。
今回の記録からは、荷物を一時的に預かる商家も、取引の経路に関わっていた可能性が見えてきた。
ただし、それが箱の経路だったと証明する材料はない。
主人公は、記録帳の最後に一文を書き加えた。
《預かり物の記録あり。箱との関係は未確認》
書き終えると、彼はペンを置いた。
箱の行方を追うには、まだ時間がかかりそうだった。
それでも、所在不明の箱がすべて同じ場所へ向かっているとは限らないことは、以前よりはっきりしてきた。
箱が失われた理由も、記録が途切れた理由も、一つではないのかもしれない。
主人公は、次に調べる名前を確認した。
まずは、名簿に残された仲介人について、もう少し情報を集める。
それで何も分からなければ、別の記録へ進めばいい。
一つの手掛かりに、すべての答えを期待する必要はなかった。




