第106章 増えた箱、変わらない答え
宿に戻った主人公は、榊原から受け取った箱を机の上に並べた。
以前から持っていた箱と合わせると、机の上だけでは収まりきらない。直人は空いている棚を片づけ、箱を置く場所を作った。
「これだけ増えると、管理するだけでも大変だな」
「だから、先に記録を作る」
主人公は紙を広げた。
箱ごとに番号を振り、外形、寸法、表面の印、傷、榊原から提供された保管記録を記入していく。以前から持っていた箱についても、記憶に頼っていた部分を確認し直した。
同じ印があるからといって、同じ用途とは限らない。
傷が似ているからといって、同じ場所で作られたとも限らない。
主人公は、分かっていることと推測していることを分けて記録した。
直人はその作業を手伝いながら、榊原から受け取った資料を読み返していた。
「この箱、以前に調べたものと寸法がかなり近い」
「印は?」
「同じ部分もある。ただ、角のところが少し違う」
主人公は二つの箱を並べ、角度を変えながら確認した。
確かに、正面の印は似ていた。しかし、片方には縁に細い溝があり、もう片方にはそれがない。
「製造時期の違いなのか、用途の違いなのか。それとも、ただの個体差なのか」
「今のところは分からないな」
二人は、その違いを記録するだけにとどめた。
以前なら、何か共通点が見つかるたびに、箱の秘密へ近づいたような気がした。
だが、似ていることと、同じ意味を持つことは別だった。
今は、その違いを急いで埋めないことも、調査の一部になっていた。
***
翌日、主人公は榊原から受け取った保管記録を読み直した。
箱の来歴が詳しく残っているものもあれば、入手した時期と場所しか分からないものもある。
ある箱には、三十年以上前に一度だけ保管場所を移した記録があった。
移動の理由は書かれていない。
別の箱には、所有者が変わった時期が記されていたが、譲渡なのか売買なのかは不明だった。
さらに別の箱には、以前の所有者の名前すら残っていなかった。
主人公は、記録の空白を一つずつ書き出した。
「結局、箱そのものを調べるのと、過去の持ち主を調べるのは、別々に進めたほうがよさそうだ」
直人が言った。
「そうだな。来歴が分かれば、箱がどこから来たのかは分かるかもしれない。でも、それだけで開け方が分かるわけじゃない」
主人公は新しい紙に二つの項目を書いた。
箱の構造。
箱がたどった経路。
どちらも必要だが、片方の答えがもう片方の答えになるとは限らない。
これまで彼らは、箱を集め、記録を追い、その間にあるつながりを探してきた。
今回、榊原の一団から新しい資料が加わったことで、過去の収集経路を比較する材料は増えた。
しかし、箱の内部や機能については、何も分かっていなかった。
主人公は箱の一つを手に取った。
表面には、長い年月を経ても消えずに残った印がある。
強い力を加えても、熱を加えても、これまで開かなかった箱だ。
無理にこじ開ければ、内部を壊してしまう可能性もある。
主人公は箱を机に戻した。
「今は、壊さないことを優先する」
「開けるために、壊さないようにするのか」
「壊したら、開いたのかどうかさえ分からなくなるかもしれないからな」
直人は納得したようにうなずいた。
***
午後、榊原から連絡が届いた。
『こちらでも、残りの箱について記録を整理している。君が受け取った箱の中に、以前に我々が調べたものと同じ記録があるかもしれない。確認できたら知らせてほしい』
主人公は、作成した一覧の一部を送った。
しばらくして、榊原から返事があった。
『一致するものが一つある。ただし、同じ箱であると断定できるほどの情報はない』
主人公は、その返事を記録に加えた。
同じ箱を指している可能性はある。
しかし、印や寸法が近いだけでは決められない。
「榊原たちも、箱の数を正確に把握できているわけじゃないんだな」
直人が画面をのぞき込んだ。
「収集記録の数と、実際に存在する箱の数は違う。売買や譲渡の記録が残っていても、同じ箱が何度も記録されている可能性がある」
主人公はそう答えた。
箱の記録を集めることと、箱そのものを数えること。
それもまた、別の作業だった。
二人は、これまでの資料をすべて同じ形式で整理し直すことにした。すぐに新しい秘密が見つかるわけではないが、後から同じ情報を何度も調べ直す手間は減らせる。
調査は地味だった。
箱を並べ、記録を読み、違いを記し、確定できないことには印をつける。
それを繰り返しても、箱は開かなかった。
***
夜になって、主人公は休憩を取った。
端末には、いつもの相手から短いメッセージが届いていた。
『今日はどうだった?』
主人公は机の上の箱を見ながら返事を打った。
『箱が増えた。記録も増えた。でも、開け方は分からないままだ』
少しして、返信が来た。
『増えたものと、分かったことは別なんだね』
『そうだな。数が増えれば、何か分かると思っていた部分もある。でも、増えただけでは答えにならない』
『それでも、前より整理は進んだんじゃない?』
主人公は少し考えた。
『調べる範囲は広がった。ただ、今はそれくらいだ』
『それなら、今日はそこまででいいと思う。ずっと考えていても、記録が勝手につながるわけじゃないから』
主人公は、その言葉を読んでから端末を置いた。
相手が誰なのかは、まだ知らない。
自分の調査をどこまで知っているのかも分からない。
ただ、今日の作業を終える理由としては十分だった。
主人公は箱に布をかけ、記録帳を閉じた。
明日も、できる範囲で調べる。
今すぐ答えが出ないからといって、箱を捨てる理由にはならない。
かといって、箱を集め続ければ必ず答えが出ると考えるつもりもなかった。
増えた箱は、まだ何も語らない。
それでも主人公は、分からないものを分からないまま扱いながら、次に確かめるべきことを探していた。




