第104章 受け渡された荷物
翌朝、主人公は前日に写し取った署名を、これまでに集めた記録と照合していた。
署名は短く、姓らしき文字しか残っていない。筆跡も崩れており、読み方さえ確定できなかった。
直人は別の帳簿を開き、同じような名前がないか探していた。
「これじゃないか?」
しばらくして、直人が一つの記録を指さした。
そこには、以前に調べた商家と取引していた仲介人の名前があった。姓は似ているが、署名と完全に一致するわけではない。
主人公は二つの記録を並べた。
「同じ人物だと断定するには足りないな」
「だが、時期も近い」
「だから、確認する価値はある」
主人公は榊原に連絡を送り、名前の候補と記録の写しを渡した。
その日の昼過ぎ、榊原から返事が届いた。
候補となった人物は、かつて各地の商家の間で荷物の受け渡しを仲介していた男だった。すでに亡くなっていたが、榊原の一団が過去に集めた記録にも、その名前が一度だけ登場していた。
記録には、短い一文が添えられていた。
《預かり物の受け渡しを仲介。依頼人の詳細は不明》
それ以上の説明はなかった。
主人公はその一文を何度か読み直した。
「これで、少なくとも同じ時期に、箱の収集記録と似た経路をたどる預かり物の取引があったことは分かった」
直人が言った。
「ただし、その荷物が箱だったという証拠はない」
主人公はすぐに付け加えた。
「そうだな」
直人も否定しなかった。
二人が追ってきた記録は、少しずつ同じ時期、同じ地域へ集まりつつあった。
しかし、最後の一点が欠けている。
運ばれたものが何だったのか。
それを誰が所有していたのか。
そして、なぜ取引の詳細が残されなかったのか。
どれも、まだ分からなかった。
***
午後、榊原が再び主人公たちのもとを訪れた。
今回は、これまでの調査結果をまとめた資料を持ってきていた。
「こちらでも、過去の記録を整理し直した」
榊原は机に資料を広げた。
「箱の収集記録と、君たちが見つけた運送・預かり物の記録を比較したが、直接一致するものは見つからなかった。ただ、いくつかの時期と地域が重なっている」
「同じ箱を追っていた可能性は?」
「否定はできない。だが、証明もできない」
榊原は率直に答えた。
「我々も長い間、箱を集めてきた。似たような記録を見つけたことは何度もある。しかし、箱そのものを確認できなければ、結局は推測の域を出なかった」
主人公は、机に並んだ資料を見た。
榊原たちは、箱の外観や保管場所だけでなく、過去の所有者、取引の経路、関連する商家まで調べていた。
それでも、開け方は分からなかった。
今回の調査でも、その状況は変わっていない。
「つまり、ここから先は、記録を増やすだけでは限界があるということか」
「少なくとも、今までと同じ方法を続けるだけではな」
榊原はうなずいた。
「我々は、これまで箱を集めれば何かが分かると考えていた。だが、数を増やしても、同じところを回り続けるだけだった」
主人公は手元の箱を思い浮かべた。
箱は開かない。
同じ印があっても、外側から分かることは限られている。
過去の記録をいくら集めても、誰かが実際に開ける方法を見つけない限り、決定的な答えには届かない。
「俺は、引き続き調査を続ける」
主人公は言った。
「ただし、これまでの記録を全部調べ直すつもりはない。新しい情報が見つかったら、その都度確認する」
榊原は少し考えたあと、同意した。
「それでいい。こちらも、過去の記録を整理しながら、まだ所在が分かっていない箱を探す」
二人の間で、調査の進め方について大きな意見の違いはなかった。
***
榊原が帰ったあと、直人が尋ねた。
「これで、この調査は一区切りか?」
「この記録についてはな」
主人公は書類をまとめた。
「箱の行方が分かったわけじゃない。でも、どこまで調べても答えが出ないのかは、少し見えてきた」
「結局、何も分からなかったということにはならないのか?」
「そうとも言える。ただ、最初から何も分かっていなかったわけじゃない」
主人公は、机に残った三つの記録を指さした。
旧倉庫の地下空間。
品名のない運送記録。
預かり物の受け渡し記録。
「これらが同じ箱に関係しているかどうかは分からない。だが、少なくとも、当時の荷物の流れを調べるための記録は残っていた。そして、それを追っても箱そのものにはたどり着けなかった」
直人は腕を組んだ。
「なら、次は別の方法を考えるしかないな」
「ああ」
主人公は、榊原から受け取った資料を袋にしまった。
今回の調査で、黒箱の正体は明らかにならなかった。
しかし、榊原の一団が長年にわたって集めた記録と、主人公が独自に見つけた記録を比較することはできた。
その結果、過去の記録だけでは箱の行方を確定できないことも分かった。
これ以上、同じ資料を繰り返し調べる必要はない。
新しい情報が現れるまで、この線はいったん保留にする。
主人公はそう決めた。
***
夕方、榊原から最後の連絡が届いた。
『こちらで保管している箱について、一度、改めて話し合いたい。君の調査に協力する方法も含めて、条件を整理したいと思う』
主人公は短く返信した。
『分かった。話を聞く』
端末を置いたあと、主人公は荷物の中から一通の手紙を取り出した。
復讐者が残していったものだった。
手紙を開くことはせず、封筒の表面に目を落とす。
彼がどこへ向かったのか、今何をしているのかは分からない。
こちらの調査が進まないからといって、彼を探しに行くつもりもなかった。
彼には彼の決めた道がある。
主人公にも、自分の進めるべき調査がある。
手紙を荷物に戻すと、主人公は窓の外を見た。
翌日は、榊原との話し合いになる。
箱の開け方が分からないという事実は変わらない。
それでも、これまで箱を集めてきた人間たちと、これから何をするのかを決める時期には来ていた。




