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観客のいない世界  作者: 亀


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第103章 条件の違う記録

翌朝、主人公は榊原から届いた返事を読んでいた。


前日に送った調査記録について、榊原は二つの点を確認したいと書いていた。


一つは、荷物預かり所の帳簿に残っていた符号の形。


もう一つは、記録の形式が変わった期間が、ほかの商家の帳簿とどの程度重なっているかという点だった。


主人公は直人とともに、手元の資料を並べた。


川瀬家の運送帳簿。


黒田家の預かり物の記録。


南雲家に残されていた受領証。


高瀬が働いていた商家の取引記録。


そして、昨日見つけた荷物預かり所の帳簿。


それぞれの記録を照らし合わせたが、完全に一致する符号はなかった。


似た形の記号はあったものの、筆跡も異なり、記録の方法にも違いがある。


「同じ組織が使っていた符号だと考えるには、根拠が足りないな」


直人が言った。


「そうだな。似ているだけなら、別々の商家が独自に使っていた可能性もある」


主人公は、記号の横に小さく注記を書き加えた。


同じ意味を持つ記号なのか。


単なる略記なのか。


それとも、まったく別の用途で使われていたのか。


現時点では判断できなかった。


榊原からの連絡には、さらに別の情報が添えられていた。


彼らが保管していた箱の記録の中に、かつて荷物の受け渡しを仲介していた人物の名前が見つかったという。


その人物はすでに亡くなっていたが、家族が古い商売の記録を保管している可能性があるらしい。


主人公は、その名前を地図の横に書き留めた。


今いる町から戻る途中に立ち寄れる場所だった。


「次は、ここだな」


直人が地図をのぞき込んだ。


「ああ。記録が残っていれば確認する。何もなければ、そこで別の手がかりを考えよう」


二人は、荷物をまとめ始めた。


***


その日の午後、二人は仲介人の家族が暮らす町に到着した。


家は通りから少し奥まった場所にあり、門の横には古い看板が残っていた。


主人公が訪問の理由を説明すると、応対した女性は警戒するような表情を浮かべた。


「父の仕事について、何をお調べになっているのですか」


主人公は、箱の詳しい由来については話さず、古い運送記録と預かり物の記録を調べているとだけ説明した。


女性はすぐには答えなかった。


「父は、商売上の秘密を外で話さない人でした。家族にも、仕事の細かい内容はほとんど教えてくれませんでした」


「何か問題があったのでしょうか」


「分かりません。ただ、帳簿の一部は、父が亡くなる前に別の場所へ移していたようです」


主人公は顔を上げた。


「その記録は、今も残っていますか」


「あるかもしれません。ですが、どこへ移したのかは分かりません」


女性は少し考えてから、古い書類の束を持ってきた。


そこには、仲介人が扱った取引の一部が記録されていた。


品物の名前があるものもあれば、金額と日付しか書かれていないものもある。


主人公はページをめくりながら、以前の記録と照合した。


一つ、気になる記載があった。


ある取引では、依頼人から預かった品物を別の仲介人へ引き渡したと記されている。


しかし、品物の名前も、最終的な受取人の名前もなかった。


残されていたのは、引き渡した日付と、受領を示す短い署名だけだった。


その日付は、以前に見つけた運送記録と近かった。


ただし、同じ日ではない。


主人公はそのページを写し取った。


「この署名を書いた人物について、何かご存じですか」


女性は記録を見たが、首を横に振った。


「分かりません。父の字ではないように思います」


「この記録をつけた時期に、ほかに何か変わったことはありませんでしたか」


「私が知っている限りでは、特にありません」


主人公は礼を言った。


新しい記録は手に入った。


しかし、それが黒箱の移動を示すものなのかどうかは、まだ分からない。


***


家を出たあと、直人が尋ねた。


「今の記録、どう見る?」


「以前の運送記録と時期が近い。そこは確認する価値がある」


「同じ荷物だった可能性は?」


「ある。でも、別の荷物だった可能性もある」


主人公は、写しを袋にしまった。


「今のところは、引き渡しがあったことしか分かっていない。箱だったと決めつけることはできない」


直人はため息をついた。


「この調査は、確かなことがなかなか増えないな」


「それでも、分かったことはある」


主人公は歩きながら答えた。


「以前の記録だけでは、荷物がどこへ運ばれたのか分からなかった。今回の記録では、少なくとも途中で別の仲介人に引き渡された取引があったことを確認できた」


「その先が分からないけどな」


「ああ。だから、次は受け取った側を調べる」


主人公は地図を取り出し、記録に残された署名の横に、仲介人の名前を書き加えた。


「この人物が誰なのか分かれば、もう少し先まで追えるかもしれない」


***


夜、主人公は榊原に新しい記録を送った。


今回は、以前の資料と一致したと断定できるものはなかったことも、あわせて伝えた。


返事はすぐには届かなかった。


主人公は端末を置き、手元の資料を整理した。


記録をつけた人間。


荷物を運んだ人間。


途中で受け取った人間。


そして、最初に依頼した人間。


それぞれが同じ情報を持っていたとは限らない。


誰かが品物の正体を知っていても、運送を担当した人間は知らなかったかもしれない。


反対に、記録に名前が残っていなくても、実際には事情を知っていた人間がいた可能性もある。


主人公は、調査対象を一つの集団にまとめることを避けた。


今見えているのは、複数の取引と、それぞれの記録だけだ。


それらが一つの流れにつながっているのかどうかは、まだ分からない。


主人公は書類を閉じた。


明日は、署名の人物について調べる。


その先に何があるのかは、まだ見えなかった。

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