オルタナティブロック
サトザクラはひなたをくわえて、湖のある森から飛び立った。ワカメは痙攣させたままだ。
いつの間にか立ち込めていた雨雲から、ポツポツと雫が落ちて、サトザクラはそれが娘の顔に当たる度に、娘が目覚めてくれることを願った。
「ひなた。ひなた。」
ひなたは、起きない。
けいの携帯が鳴っている。
「もしもし、どしたん?」
(けいか。そこに桂いるか?)
「ううん、いないよ?」
柚宇の声である。
ちなつが雑誌を置いて注意をけいに向けている。
(ウコンザクラが妙だ。)
「妙って何だべ、え、ウコンザクラ!?」
(ああ。泣いてる。)
「えっと、、、な、なんで泣いてんだべ!」
(わかんねえ。なんでだと思う?けい。)
「わたしにわかっかい!え、ひなたに何かあったんかな。」
「ああ、おれもそう思う!」
「「きゃあ!!!」」
けいとちなつが同時に叫んだのは、窓から一匹のアマガエルが部屋の中に入って来たからだった。
カエルはテーブルでポーズを取った。
「ちょっと一緒に来い、けい!」
驚かされたことにムカついたけいとちなつは、そばにあった新聞紙を丸めた。
「ひなた。ひなた。」
雨が強くなってきた。ひなたは、力なく口を開いてやはり微動だにしない。振動に弄ばれるのみだ。
「優美と己と火弥を呼んでもらおう。確か比率を戻せば、目を覚ますはずだ。」
サトザクラは強く尾ビレを振り、同時に街の上空から小刻みに石を打つような音を発した。
「どこだ、惑星巫天。」
サトザクラは、背ビレから生やした巨大な葉っぱを重ね、それで上からひなたを丸ごと包んだ。
「どこだ、惑星巫天。」
「、、、雨、強くなってきたね。」
兎瓦けいは、自分のアパートの屋上で傘をさして立っている。肩にはカエルが腕を組んで座っている。
「ほんとに来るの?」
カエルが返事をする。
「ああ。」
けいは広がる雲と降ってくる雨を見つめた。
「柚宇。覚えてる?一緒に電車乗って千葉行ったの。」
「ああ。」
「あの時、柚宇が貝からサメとアザラシの幽霊出したじゃん?あの子たち元気け?」
「ああ。」
けいはカエルをデコピンで打った。カエルは肩から落ちそうになった。
「何しやがる!イシアガン!」
「あ!また『人類』って言った!ふん、いいもん。」
「貝から幽霊?トラジとホオジロウのことか?ああ、あいつらは『灯籠流し』で」
音速を超えるかのようなスピードで、けいと柚宇の目の前に全長9mのシャチが突然現れた。
けいはびっくりして、濡れたコンクリートに尻もちをついた。
サトザクラは、目に雨ではない水を溜めている。
カエルは腕を組んで、シャチを睨み上げている。
サトザクラの口には、葉っぱでくるんだひなたが動かないまま、くわえられている。
雨が強い。
「わ、、、わくせ、巫天、、、ひなたを助けてくれ、頼む。」
サトザクラがそう言うと、カエルがそのサイズからは考えられないような大声を繰り出した。
「いやだ!」
けいはカエルを見た。
サトザクラは焦っている。
「説教なら、あとで聞く!頼む!息をしてないんだ!」
カエルが冷徹に言い放つ。
「その女は、おれにとってこの世で一番大切な兎瓦けいを殺そうとした。死んでくれて、大いに結構だ。」
サトザクラは、垂れ下がるワカメの一部から包丁を出した。包丁のような植物の一部ではない。製品の料理包丁そのものだ。
高速で、蔦で絡めたそれを兎瓦けいの首元に突き出した。
「ひなたを助けてくれれば、求喰川におとなしく帰る。だから、頼む、求喰油巫妬。娘を助けてくれ。」
別の名で呼ばれた柚宇は、腕を解いて、カエルのまま立った。
「なんだ、その態度は。」
地響きが起こった。
「サトザクラ。兎瓦けいに傷一つ付けてみろ。」
雷がどこかで落ちた。近い。
「ひなたを助けてくれれば、何もしない!」
「だから、それがものを頼む態度かと聞いてる。その女の首をへし折るぞ。」
「サトザクラ!」
雨に濡れながら、刃物を向けられたまま、けいはサトザクラの名を呼んだ。
「苦しいけ?」
サトザクラは目を潤ませたまま、けいの顔を視界に収めた。
けいは笑っている。
「苦しいんけ?」
「優美と!己と火弥を呼んでくれ!!!ひなたの中の鉄と水と酸素の比率を調整すればまだ」
「大切な人を失うのはつらいけ?」
サトザクラの視界の中で、ぼやけた兎瓦けいが別の人物に見えた。
「眞弥!お願い!ひなたを助けて!」
けいは答えた。
「いいよ。」
けいは雨の中立ち上がると、首元に触れていた包丁がけいの首元を少し切った。
「サトザクラ?わたしおめえのこと大っ嫌いだったんだけどよ?」
サトザクラはコンクリートの上のひなたに口先をつけている。
「『嫌い』くらいに変わった。」
無邪気に笑顔を向けるけいに、サトザクラは祈るような目を向けている。
「眞弥、、、お願い。」
「はー?わたし眞弥ちゃんじゃないんだけどな。」
柚宇は、異変に気付いた。
雨が、
「サトザクラ?」
一度落ちた雨が天空に帰って行っている。カエルは腰を抜かしてけいを見た。
「、、、お前、、、ロー・オブ・スリーを、、、」
重力に逆らって、上へ降り続ける雨の中、けいが言った。
「ひなたちゃんを人類が傷つけて、ごめんね?サトザクラ。」
雲から光が差した。真っ直ぐ、三枝ひなたに注がれた光は焼けただれた身体を照らした。
目をつぶったけいは、言った。
「イシアガン。」
呪文はエコーとなり、ひなたの身体に触れた。辺りでけいの声が反響している。
カエルは腰を抜かしたまま、子供のように言った。
「これが、、、『恩返し』。」
響き続けているけいの声は、次第に成分を変え、段々とけいの声とは認識しづらくなった。
音は延々と伸びるただ一つの音階になり、次第に音量を上げた。
サトザクラは、叫んだ。
「ひなた!!!」
雨が上がった空の下、涙でボロボロの父の顔をひなたはその視界に収めた。
まだ、音は続いている。
けいはゆっくり息を吸って吐いた。
カエルはけいの顔を見た。
「けい!やめろ!!!!!!!!!!!」
音は止まない。
半開きの目で、三枝ひなたはけいの姿を見た。
風船のように力なく、けいは倒れた。
「けい!けい!!」
カエルは倒れたけいの首によじ登った。
けいは笑っている。
ひなたは身体を起こすと、記憶を辿り、なぜ自分がここにいるのか、どこにいるのか、なぜけいが、
「けい!嘘だろ!けい!」
なぜけいが、
「、、、!ぐ、やだ、、、!けい、、、!」
なぜけいが、
「起きて、、、」
すっくとひなたは立ち上がった。
「何してるの?兎瓦けい。」
倒れているけいへと、ひなたは歩を進めた。ひなたの身体には、傷の一切が見当たらない。
「う、、」
カエルはけいの冷たい頬に顔を押し付けている。
「何勝手なことをしてるの?」
ひなたはけいを見下ろした。
「あたしを助けたの?」
今、やっと音が止んだ。
「おい、なんとか言え、栃木弁。」
カエルに構わず、ひなたはけいの胸ぐらを掴み上げた。
あり得ないほど軽い。ヒトの重さではない。
カエルは何も言わなくなった。
「おい。」
けいは、笑ったまま冷たくなっている。
「おい。」
ひなたの目に大粒の涙が溢れた。
「けいちゃん、、、起きて。」
轟音が鳴り響いた。
余りの音の大きさにひなたは、けいと共に倒れた。
サトザクラの耳から垂れ下がるワカメが破れている。
「ひなた。」
普段と全く違う音色で、サトザクラは喋った。ひなたは、見ている。サトザクラの顔ではなく、破れたワカメの方を見た。
「ソノイシアガンヲタスケタイカ?」
ひなたは、立ち上がれないまま這いつくばってワカメへ駆け寄った。
「鈴音様!あたしもう『地球返し』には来ません!もう馬鹿なことしません!」
「ヒナタ、、、モウバカナコトシマセン、、、ハナゼダ?」
ひなたは、泣きながら自分の胸を抑え叫んだ。
「わかったんです!あたし、けいちゃんになりたかっただけなんです!けいちゃんみたいになりたかった、、、だ」
「ヒナタ、、、ナゼソノイシアガンニナリタカッタ?」
「え、、、」
ひなたは涙が止まらない。
「友達がいっぱいいるけい、、、ちゃん、」
一瞬、太陽の光が瞬きをした。1秒だけ、地球は漆黒の闇に包まれた。
「ヒナタ、、、ケイ、、、トトモダチニナリタ、、、イカ?」
太陽の光が、強まり大地を焼き始めた。見る見る太陽の大きさが大きくなっている。
熱い。
灼熱では、生温い。
「ヒナタ、、、オマエガモシ、、、ウソヲツケバ、、、コノママ、、、チキュウヲヤク」
カエルは何の抵抗をする気力も残っていない。
ひなたは、どうすればいいかわからず、ワカメを見つめるのみだ。
「ヒナタ、、、ケイトトモダチニ」
「なりたい!!!!!!!!!!!!!けいちゃんと友達になりたい!!お願い、地球様!けいちゃんを助けて!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ウサギガワラケイヲ助けてやろう、ひなた。」
けいは目を開けた。
時が止まった。
「おお、ひなた、顔近いよ。」
けいはひなたの頬をつねった。
サトザクラは目を覚まし、けいとひなたを見た。
青年の姿になっていた柚宇は、けいとひなたを見た。
サトザクラと柚宇はお互い、自分にとっての地上の女神を見た。
「、、、、、、、、、、、け」
柚宇とサトザクラに同時に突撃され、けいとひなたはまた倒れた。
「いてえ!何すんだべ!花男とバカシャチ!!!」
「うるせえ!!!こうしてやる!」
「ひなた!どこも痛くないのか?」
「大丈夫だよ、お父さん。」
「おー、いつの間にか雨止んでるべ、これ。」
「おめえがやったんだよ、このイカレウサギ!惑星の法則守れ!」
「けいちゃん、ほっぺ柔らかい。」
「おー、ちなっちゃんお墨付きなのよ、わたしのほっぺ。」
「おれもさーわろ!」
「どご触ってんだべ、エロ女装趣味カエル変態花男!!!」
「あ、阿修羅様!今、あたしのそんなところをお触りに、、」
「娘を汚したな!求喰油巫妬!!!」
「はっはあ!!!これがシャチにはわからぬ人間の醍醐味よ、サトザクラ!」
「いいから、もう立つべよ、みんな。」
「けいちゃん?」
「なんだべ?」
「あたし、ひなた、よろしくね?」
「気色悪い!!!!!!!」
「、、、は?」
「気色悪いべ、いきなりそんな豹変されても。」
「、、、、、、、、、、、っなんだと、兎瓦けい!もういっぺん言ってみろ!!あ!?」
完!




