ねがいは
「近藤、相談がある。」
鋭い目をした山口捜査官が、食事中の近藤を呼んだ。弁当の量を見る限り、折り返し地点だ。
近藤が言った。
「今からハンバーグなんだ。あと、3分待てるか?」
冗談が通じるはずのない山口は、近藤のデスクに近づいた。
「いや、じゃあ食ってていい。聞いたか?三枝ひなたのシャチに関して。」
近藤は真剣にハンバーグを食している。肉汁が瑞々しい。
「とても無理な相談だ。関東中ですべてのBGMを統一するなど。人工物の配置もだ。どれほどの効果があるかもわからんのに、、、。火炎放射器一斉放射で終わるんじゃないのか?近藤。」
近藤は口を拭いた。
「どうなんだろうな。宇都宮のビル見たか?」
「ああ。」
「嘘つけ、現場には行ってないだろ。」
「現場には行ってないが、見たぞ。」
近くのゴミ箱に、近藤は弁当の空箱を捨てた。
「これまでの事件で出現した鳥型の化け物、あれが数千羽規模で出現したらしい。」
山口は驚愕した。
「それがまとめてビルに落下したんだ。そりゃああなる。」
「兵器だな、完全に。増渕部長は何て言ってる。」
「ああ。ダメだ。」
「ん?」
「あれだけ見た人がいるのに!これまでいくつもの被害があるのに!『何』が『あれ』を起こしたかの証拠が不十分だそうだ!!!あの『三枝ひなた』および『シャチ』が『ビルの倒壊』を起こしたという証拠だ!証拠も、クソもあるか!?みんな見てる!!!おれの車だって潰されたよ、気持ちいいくらいに。軍用兵器を使うのに必要な条件を提示された。まず相手の火力や、もたらす潜在的被害を数値化しないといけないらしい。それを大きく超えた兵力は絶対に使用不可だそうだ。」
近藤はデスクを叩いた。
「わかるわけねえだろ!空飛ぶシャチの戦力なんて!そして、それが提出できないなら、その対象を野良犬以上の戦力があるとみなすことはできないそうだ!」
山口は、口を結んで聞いている。
「悪い、取り乱した。」
「ふん。べつに軍用兵器とまでは言ってない。だが、どうなんだ。まだ一度も集中攻撃は仕掛けてないだろ。」
近藤は立った。
「ああ、ちょっと外でコーヒー飲もうぜ。」
屋外の喫煙所スペースに出た山口と近藤は、同時に缶コーヒーを開けた。
「ミハラシの所長に言われたんだ。絶対に勝てないと。」
山口は、少し笑った。
「いや、素手の話をしてるわけじゃない。おれだってシャチに勝てるとは思ってない。」
「兵器を使用しても、だよ。」
「それはない。絶対にない。」
「(缶コーヒーを飲む音)、、、なんだろうな、これは。悪い夢なら覚めて欲しいぜ、マジで。」
「♫〜♩〜」
静かな湖のほとりで、ひなたは目をつぶって歌っている。
水晶のように美しい声が、森と水に溶ける。くるくると不器用に踊りながら、茂みに倒れ込んだ。
「まだ力不足ってことなんだろうなあ。」
すぐ近くで草が動く音が聞こえた。ひなたはサトザクラが立てたものだと思った。
「お父さん、、、あたしやっぱり一回かえ」
身体を起こしたひなたを待ち受けていたのは、サトザクラではなかった。
黒い鉄の筒を至近距離でひなたの顔に向けて構えている警察官が二人いた。
ひなたは両手を上げた。
「三枝ひなたか?」
けいは、思いきり自分の部屋の窓を開けた。
「やったー!!!」
ソファで雑誌を読んでいたちなつが、びっくりしてけいを見た。
「どうした?宝くじでも当たった??」
手すりに寄りかかったけいが、ちなつにウインクした。
「当たったぁ、宝くじじゃないけど!」
踊り始めるけいの後ろ姿を見て、どうせたわいもないことなんだろうな、とちなつは雑誌に目を戻した。
「何が当たったの?」
いちおう聞いてみた。
「ふっふっふ。何だと思う?」
「一番めんどくさいやつだあ、えー、、、なんだろ、テレビの観覧とか?」
「ぶー。」
「えー、なに、わかんない、なに?」
「ジャーン!」
けいは、ハガキをちなつの前に出した。
『METALLICA コンサート』とある。
ちなつは鈍い反応を見せた。
「、、、うんと、、、バンド?」
けいは笑顔で頷いた。
「ロゴの感じから言って、、、あたしあんまり聴かない感じ?」
「いや、これね、かっこいいの。わたしもそんなゴリゴリしたやつは聴かないんだけどよ?これはなんか違うの。」
「そうなんだ、ふーん。」
演技でも興味の欠片も見せないちなつは、雑誌を持ったままソファに寝転がった。
「CD貸すから、一緒に行こうよ、ちなっちゃん。」
「いや、なんかねー直感でねー、無理っぽい感じー。」
しかし、けいのテンションは上がったままである。
あんなに晴れていたのに、分厚い雲が空を覆い始めていた。
「どうしよう。呼吸をしてない。」
サトザクラは娘の身体を揺すっている。焼けた匂いが辺りに立ち込めている。
警察官が二人倒れている。生死は確かでないが、出血などはしていない様子だ。
「ひなた。ひなた。」
強く揺すっても、ひなたは目を覚まさない。サトザクラの蔦に伝わるひなたの皮膚の温度は、尋常でないほど高く、サトザクラを焦らせた。冷やすために、サトザクラはひなたをくわえると湖の冷たい水にそっと浮かべた。
反応は、ない。
「ひなた。ひなた。どうしよう。」
サトザクラは何か思いついた様子で、動きを止めた。
「惑星巫天を呼ぼう。」
サトザクラは自身のワカメを細かく振動させた。




