現在地
「え、、、いないのか、近藤さん!」
警視庁の正面玄関で、スーツ姿の柚宇がオレンジコートを着た桂を連れ、警察官と喋っている。
その警察官は鈴木というらしい。
「はい!すいません。近藤は今、宇都宮のビル倒壊事故現場に向かってまして!尼李さんですよね!?昨日は現場に?」
爽やかな好青年警察官に、柚宇が悲痛の表情で答えた。
「いた!そのことで謝らなければいけないんだ!」
鈴木が不思議そうな顔をしている。
「謝る!?なぜです?ビルを破壊したのはどうせまた三枝ひなたでしょう?」
「そうだが、もう少しうまくやれたんだ、、、」
鈴木は柚宇の肩を強く掴んだ。
「聞くところによると、あれだけの大事故なのに怪我人が一人も出なかったと聞いてます!奇跡としか言いようがない!ものすごい大声で逃げるように促してくれる人がいたから、逃げられたという声が多くあります!あなた方ですよね!」
柚宇は、申し訳無さそうな表情を変えない。
「ああ、、、だが、」
肩をもう一度叩くと、鈴木が自分の名刺の裏に番号を素早く書き殴った。
「近藤の電話番号です!あ、知ってましたか?失礼します!」
鈴木は建物の中に消えて行った。
桂はずっと俯いている。
雨が降って来た。桂が傘を差す様子がないので、柚宇が自分の傘の中に入れてやった。
桂は一言も喋らない。
柚宇が、ボソリと言う。
「なに食いたい?」
桂は黙ったままだ。表情も浮かない。
「、、、お前、『落ち込む』ことあるんだな、ぎゃはは。」
桂は黙ったままだ。傘からはみ出た分の肩がどんどん濡れていっている。
「お前、、、昨日の夜から何も食ってないんだろ?、、、いいよ、どこでも、連れてってやるよ。」
柚宇は勇気を出して、桂の顔を覗き込んだ。
満面の笑みで桂はそれを迎えた。柚宇は嫌な予感がした。
「言ったね。」
バサ、と桂は自分の傘を差した。そして、自分の傘で柚宇の傘をどかし離れた。
「甘いねえ、尼李柚宇。チョコレートのように甘い。」
「よ、、、予算ってもんがあるからな!?ど、どこでもって言っても、、、!」
満面の笑みはさらなるその上の次元の、エンジェルスマイル(天使の笑顔)に到達した。
「焼き肉120枚食べたい!いいでしょ?柚宇っ」
事故現場では、修復工事と周辺の破片の撤去がすぐに行われた。
事故の後に到着した火炎放射器部隊は皆、悔しがっていたが、警視庁本部から、化け物に関して『準備が整っていれば発見し次第、即刻殲滅』から『指示がない限り銃器は使用不可、市民をその場から避難させることを最優先』に変わっていたことを知ると、若干安堵した。
「桂。悪いが、おれはもう公演日が近いからその準備に入らなくちゃいけない。」
柚宇は真剣に喋っている。
テーブルを隔て、対する桂は焼き肉をがっついている。
「(ムシャムシャ)」
「サトザクラに関してはお前一人に頼る局面が多くなるかもしれない。大丈夫か?」
「(がつがつ)」
「昨日見た感じだと、サトザクラは娘を連れている時はそこまで無茶できないと見た。大丈夫だ、奴がこの時代を『つまらない』と感じればすぐに帰ってくれる。」
「(ゴキュゴキュ、、、ゴクン。、、、がつがつ)」
柚宇は桂から焼き肉の乗った皿を取り上げた。
「はわん!!!」
「何度ぶん殴らせんだ???反省シテネエノカ、テメエ!」
「サトザクラ、サトザクラってうるせえな!あたしを信用してよ!昨日は頭に血が上っただけ!焼き肉返してよ!!!」
焼き肉を返さない柚宇は、応戦した。
「けいがなんでお前を指名したのか、わからなくなってきた。、、、あのな、信用してるよ、し」
「指名???」
桂は目を輝かせて、柚宇に聞き返した。柚宇は今自分が言った内容を思い出して、何か引っかかる点はあったか分からなかった。
「ああ、けいが、な。」
「残り8人の惑星巫天の中から、あたしを選んでくれたの?けいちゃんが?」
柚宇はクス、と笑った。
「そうだよ、だから頑張ってくれよ。」
桂は立った。
「今日中にサトザクラ追い返すわ!!!あたし!!!」
柚宇は驚いた。焼き肉をゆっくり返した。
「ああ、、、頼む、、、。」
宇都宮駅のとなり、岡本駅のすぐ近くにある寺、それが三日月ちなつとちなつの父、敏成が住んでいた寺である。
突如出現した巨大な鳥に襲撃を受け、寺は全壊した。
しかし、市内でも有名なその寺は毎年、市が開催する『うつのみやの「おいしい」に感謝する市』というイベントが行われる場所であり、野菜や果物の凝った着ぐるみキャラクターが宇都宮で取れた新鮮な野菜や果物を使って料理を激安でふるまう大変人気のある催し物だった。
寺のマスコットキャラクター『ツッキー大佐』も非常に人気が高い。
12月のイベントに間に合わす日程で、寺の再建設が試みられた。
「三日月さん。」
三日月敏成は、境内で通りがかったおばさんに名前を呼ばれた。
「はいはい?」
ニコリ、と住職は笑った。
「今年はできるんだべか?『おいしい市』。」
敏成は陽気に答えた。
「ええ、しますよ、もちろん。あれがないと年越せません。ははは。」
「こんな状態でがい?」
寺は完成には程遠い状態だ。敏成は笑った。
「いや、寺が無いなら無いで!いろいろ考えますよ、大丈夫です。」
おばさんは笑った。
「三日月さん、何言っても大丈夫って言うからよ?ちーちゃんがわたしのお父さんは大丈夫じゃない時も大丈夫って言うから困るんですって言っててよ?もう、可笑しぐて可笑しぐてよ?」
「そうでしたか、はっはっは。」
二人して雨が上がった後の青空で、笑い合った。
三枝ひなたは考えていた。
今まで生きてきて、あんなに怖い思いをしたことがなかったのだ。
人気のないどこかの森の奥の湖で、サトザクラが茂みに身体を下ろし、ひなたはもう20分近く湖の水面を見つめている。
ひなたは、水面を見つめたまま、父に聞いた。
「、、、お父さんは怖くなかったの?」
サトザクラが近くの葉っぱをいじって遊んでいる。
「桂は惑星巫天の中じゃ怖い方だな、性格が。」
ひなたはクス、と笑った。
「全然勝てそうだったじゃん。嘘ばっかり。」
ひなたはため息をついた。
「あーあ、、、どうしよ、、、考えちゃうなあ、、、。」
トンビの声が響いた。
「というわけで!そんな感じでお願いしたいんだけど、どう!?」
交番の中で、桂がオレンジコートでポーズを取った。ふざけている様にしか見えない桂の目の前で、凄まじい温度差を見せているのは二名の男性警察官である。
真面目にメモかノートを取っている。
取ったポーズで静止している桂の前で、冷静に書き込みを終えると一人が口を開いた。
「確認します!指名手配犯・三枝ひなたが連れている動物・『サトザクラ』に関しての注意点!イチ!街にあるあらゆる人口物質の配置を規則的且つシンプルにする!」
「そう!あいつはエコーロケーションっていう音を使った空間把握能力で、自分と物質までの距離とか、目当ての物質の大きさを測ったりしてるの!目も見えてるけど、それで空間を認識してんのよ!で対象物質が何もなければないほど!単純であればあるほど!退屈するの!まず好き好んで現れないと思うわ!あ、水槽の中とかがいい例ね!シャチにとってクソ退屈なのよ!」
「二!『同じ音攻撃』!街中で使うBGMを統一する!」
「そう!こちらで音源を用意するわ!シャチは音を使って仲間と優先すべき団体行動について話し合うの!あ、ちょっと言い方が違うかな、相手と音を交換し合うことで未来を予知できるの!」
警察官が驚いた。
「未来を予知???」
「そうよ、自分と仲間の響く音を聴きながら、海に広がるあらゆる反響音を拾い、これから海で何が起ころうとしてるのか、または!何を起こせるのか判断してるの!」
二人の警察官は桂の話に聞き入っている。
「シャチは入ってくる情報が複雑であればあるほど、興奮するキチガイどもなのよ。だから、これも同じこと!街から聴こえてくる音が全部同じで予測できる未来が、単純であればあるほど死ぬほどの退屈に襲われるはずだわ!」
警察官が冷静に返す。
「では、一刻も早くこの二点を実行に移すことが重要ということですね!」
桂はニンマリと笑った。
「そうよ!!!見てなさいよ、サトザクラ!!!」




