むさぼり狂う荒れ果てた心臓
空が明ける頃、活気の欠片もない頃、多くの人が眠りの中にいる頃、空を直線で裂く光があった。
尾の長い光は、気づいた人間に流れ星かと思わせたが、光は最後尾でまるでクジラの尾ビレのように左右に広がっていた。
冬の入り口の冷たい空を、熱で撫でるように東京を目指した。
兎瓦けいは本屋にいた。
「ポイントカードお作りになりますか?」
「あ、いいです。あんま来ないと思うんで。」
「ありがとうございましたー。」
買い物を済ますと、エスカレーターで下階へ降りた。
やけに緑と赤が目に飛び込んでくるな、と思ったらもうクリスマスも近いのだな、と思った。化け物やら何やらで、日常から意識が遠のいていた。
一階に着くと、入り口付近のカフェに真っ直ぐ入った。
「おまたせ!」
座っているのは、私服姿の柚宇である。灰色のダッフルコートの下に白いシャツが見えている。
「ああ。ん?なんだ、それ。」
「じゃーん!」
けいは笑顔で本を袋から出した。『東京まるっとスイーツ巡り』と書いてある。
「太りたいのか?」
「、、、。」
けいは、再び読んでいた小説に視線を戻した柚宇を力の限り睨んだ。
息を一度吸った。
「ねえ!あたし甘いもの食べたい!一緒に行こうよ!」
けいを見ないまま、柚宇は返事をする。
「ちなつと行けよ。おれは何個も食えねえから。しかし、晴れてるなー今日。」
窓から見える街並みは確かに、雲一つない青空と明る過ぎる日差しに照らされていた。
けいが食い下がる。
「行くべよ、原宿!行くべよ!」
「うるっせえなあ。急にどうした。」
「どうもしねえけど、いいじゃん、たまには。」
「なんで惑星巫天が女子とスイーツ巡りしねえといけねえんだよ。」
「あ!昨日ひなたに持ち上げられて調子乗っちゃったんだべ!!単純!」
「おれはもともとこういうスタンスだよ!あのなあ、行くからちょっと黙れよ。」
「ほんと??」
柚宇は小説を閉じた。
「ま、がんばってくれたからな。ダマの原因も突き止めてくれたし。ご褒美だ。」
柚宇はけいの頭を撫でた。
壊されていたのだ。
何が壊されていたか。
三枝ひなたを外界と隔離していた施設が、壊されていたのだ。
鉄はその状態を変えていた。
建物全体が崩壊したのではない。
ひなたが収容された部屋がもともと無い設計に変わっていたのだ。
その床は無かった。
そして、無理矢理コンクリートを削り、裂いた跡があるわけではない。
単にまるでその部屋がもともと無かったかのような設計に変わっていたのだ。
その場所はもう地面であり、『外』だ。一本の薔薇の花が差してあり、土には字がなぞってある。
『魔王降臨』
「いや!とりあえず関東地区限定だ!!全部だ、交番全部!!そう!ひとまず動物として解釈する!火炎放射器が一番効果的だそうだ!あ!?ああ、その時はその時だ!そして、、、だ!」
近藤は一度呼吸を置いた。
「絶対に兎瓦けい以外にも、精通してる人物がいる!!!絶対にいる!情報が足りな過ぎて動きようがないが、何でも誰でもいい!学者でも、教師でも、哲学者でも、スポーツ選手でも、オタクでも、子供でも、お笑い芸人でも何でもいい!」
隣の水沼は、近藤の血管が切れてしまわないか心配だった。
「もうすぐで何かは掴めそうなんだ!頼むから協力してくれ!!」
ひなたがいなくなった現場で、近藤は電話を切った。そして、目の前のごつい体の施設員に質問をした。
「すいません、話の途中で!で、その、、、外見というのは!」
ごつい体の施設員は、返事をした。
「はい!私が確認できたのは、あ、この者も見ていたのですが、、、」
似たような体格の別の施設員が、返事をした。
「まずすごく眩しかったのを覚えています!」
「、、、ライ、、トですか?」
「そうですね!閃光のような、、、。、、、。」
「はい!、、、で??」
「はい!以上です!」
近藤は、血走った目をさらに開いた。
「え、、、!あの、外見の、、特徴は??」
「すいません!」
「あなたは見てませんか?」
もう一人の施設員も、申し訳なさそうに首を横に振った。
一回目をつぶると、近藤は地面を蹴った。
「くそ!!!」
上空。
「惑星守護色期巫天の阿修羅柚宇を初めて見たわ。お父さんは見たことある?」
どんな物理が働いていたとしても、それは不思議な光景だった。
「イケメンだった。」
上空を飛行していると言って差し支えない一頭と一人は、外見から述べると、シャチと人間である。
「欲しくなっちゃった。兎瓦けいから取っちゃいたいなあ。」
シャチは成熟した雄で、体長9mはあるだろう。高い背びれと独特過ぎる白黒の模様をたたえている。口は開けていないが、開ければ通常は合計約46本の鋭い、肉を裂くための歯が並ぶ。
「だって贅沢じゃない?いろいろ。あの女。」
黒い皮膚は余りにも黒く、白い部分は雲よりも白い。そして、その目は自分の娘に焦点を合わせていた。
「なんか、いろいろ気が変わった。」
そのシャチは両耳からワカメのような植物を垂らしたまま飛行していた。耳から耳を繋いでいる、そのネックレスのようなワカメにしっかり掴まって、丁度ブランコのようにして三枝ひなたが座っている。
シャチが口を開いた。
「ちょっと左にズレてくれるか?バランスが悪い。」
柚宇はけいに聞いた。
「それ、、、何個目だ?」
けいは、パンプキンフレイバーのシュークリームを席に持って来た。
店内はガヤガヤと賑わっている。
「え?パンプキンフレイバーのシュークリームは1個目だよ?」
「ちげえよ。一体どこまで食うつもりだと聞いてる。」
「だいじ、だいじ!(栃木弁で『大丈夫』)そのためにご飯抜いたから!」
「、、、そういえば巫天の桂もよく食うよなあ。『ケイ』って名前のやつはみんなよく食うのか。」
シュークリームを食べながら、けいが答える。
「女の子はみんなこのぐらい食うの!」
「ん?おい、けい、テレビ。」
店内に置いてあるお洒落なミニサイズのテレビを、柚宇は指した。
テレビの周りの席だけ、異様な空気が漂っている。
けいはテレビを見た。音声は聞こえない。
『池袋集団傷害事件犯人、逃走』
バン、とけいは席を立ち、勢いで椅子が倒れた。冷静に画面を見る柚宇。
テレビには三枝ひなたの顔が映されている。
柚宇が平坦な口調で言った。
「頑丈な所にしといてくれって言ってたんだけどなあ。」
けいは、マフラーを巻いた。
「ばか!!!全っ然、反省してねえ!」
その時、店の外に見える空を何かが横切った。見た人は何やら騒いでいる。
『シャチ』『ヒト』という単語が聞き取れた。
けいの周りの重力が増し、テーブルが1mmだけ縦に圧縮した。柚宇は、パンプキンフレイバーのシュークリームの残りをつまんだ。
「もっっっぺんぶん殴る!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!」




