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第7話:異世界勇者とひきこもりだった俺が転生したら、実は無双で段ボール装備が最強のチートだった件

 午後九時。


 bar DESCEND(ディセンド)のカウンターには、何かの祝杯をあげるようにグラスを交わす二人の客が腰を下ろしていた。

 一人はライトなジャケットで、清潔感を押し売りするような身なりの男。

 片方は、よれたシャツの裾に黒いシミを浮かせ、怪訝な表情を浮かべている。


「いやぁ、先生。今回も当たりましたよ」


 男の祝福の言葉は、どこか浮ついて中身のない響きで空回りしていた。

 先生と呼ばれた男は、その言葉に渋い顔のまま曖昧に乾いた声を吐く。


「当たった、って言われてもね……」

「でも事実じゃないですか。初版一万、即重版。ランキング上位。異世界転生もの、相変わらず強いです。アニメ化もすぐですよ」


 作家は、グラスの中で沸き立つ泡を呆然と眺めながら、自嘲するように言葉を続ける。


「……強いのは、形ですよ」

「いいんですよ、今は。読者が求めてるのは、“テンプレート通り”なんですから」

「先生、売れたいって言っていたじゃないですか。流行りに乗るのは常套手段ですよ。それに、これだけ亜流が溢れる中でヒットしたのは先生の才能ですよ」


 二人の間に、ボタンを掛け違えたような、ひどく居心地の悪い妙な間が生まれる。

 作家は氷をひとつ口に放り込み、奥歯に響く鋭い冷たさを味わうように噛み砕いた。


「……書いていて退屈なんですよ。予定調和で。……現実では、世の中そんなに都合よく物事は運びませんよ」


「だから売れるんですよ。他人に厳しい時代ですから。物語の中の圧倒的な存在に自分を投影できる。ある意味、心の拠り所なんですよ。誰もが強く生きている訳じゃないですからね」

「次もお願いします。スカッと成り上がるやつ。女の子キャラ多めで」


 編集者は有無を言わせず、作家に詰め寄る。売れてこそ正義、そんな勢いだった。

 作家は疲弊が混じった息を漏らし、立ち上がりながら、ただ一言だけ返す。


「……考えときます」


 扉が閉まり、店内に静閑が戻ると同時に、清水は氷だけが沈むグラスを下げる。

 気が付くと、カウンターの物陰に一枚の名刺が落ちていた。

 それを拾い上げ、カウンターの裏に置かれた忘れ物箱へ置いた。


 表通りの繁華街、様々に扮装した若者たちが、スクランブル交差点の上で夜の空気を占領している。

 魔女の帽子、血糊のついたシャツ、どこかで見たアニメの衣装。

 スーツ姿まで、仮装なのか見分けがつかない程に、歓喜の声と熱狂が途切れず溢れていた。

 そこでは、誰もが「何者か」であると同時に、今夜限りの「誰か」を愉しんでいた。


 —―午後十時半。


 突然、静けさを裂くように入口のドアが「ドスン」と大きな物音を立てた。

 清水は急いでドアを開けると、壁灯に照らされた一人の青年が膝を抱えながら倒れていた。


「すみません、躓いてしまって……」


 よろめきながら大きな体を起こし、周りに散らばったものを拾い上げる。

 そして身なりを整え、立ち上がった青年の姿に一瞬、清水は躊躇した。


 左手に、宅配便の配送ラベルが半分剥がれた跡が残る「盾」らしきもの。

 それは何度も補強された跡が残り、中央にはマジックで紋章のようなものが雑に象られていた。

 そして腰には、大手通販サイトのロゴが無残に刻まれた段ボール製の「剣」が、よれよれになりながら、ガムテープで歪に固定されていた。


「大丈夫ですか」

「足がちょっと……ホント、すみません。……少し休ませてもらっていいですか」

「どうぞ」


 青年は足を引きずりながら店内をじっくりと見渡し、探るような視線を清水に向ける。


「ここは、勇者の酒場ですか? 貴方がギルド・マスターですか?」


 清水は一瞬戸惑ったが、顔色は変えず軽く相槌を打ちながらカウンターの内側へ戻った。


「いらっしゃいませ」

「……誰もいないんですね。パーティーにする仲間を見つけたかったのに……踊り子もいないし……」


 挙動不審を悟られまいと背筋を伸ばしているが、視線は泳いでいるのを、清水は見逃さなかった。

 手にしていた盾をカウンターの背に立てかけ、足を庇うかのように静かに椅子に腰を下ろす。


「なにか、お飲みになられますか?」


 清水の問いに何かを探すようにカウンターを隅々まで見回し、閃いたように小声で注文を口にした。


「え~と……ドワーフスタウト……お願いします」


 清水は背を向け、スマホに「ドワーフ 酒」と打ち込み、レシピを導き出す。

 ゴブレットを置き、黒ビールを注いだあと、安価なコーラを継ぎ足すと、泥のように濁っていく。

 その、どこか不気味な漆黒のグラスを、青年の前に置いた。


 青年は、その無駄のない清水の所作を目で追い、何かを確信したように問いかける。


「……マスターさん。あなたも『転生者』ですよね?」


 清水は、バースプーンを柔らかなネル生地でゆっくりと拭きながら、問いに答えず、ただ静かに彼の言葉を聞き届けていた。


「とぼけないでください。その淀みのない手さばき。この世界の住人が持つスキルじゃないですよ。……あなたも、前世の世界で『適応』できずに、ここへ逃げてきたのでは?」


 清水はあえて視線を合わせず、空いたボトルを棚の奥へ滑り込ませる。

 沈黙が続く中、青年は黒い泡が縁まで満ちたグラスに顔を寄せ、探るようにその香りを吸い込んだ。

 それから一口含み、意外そうに目を丸くして清水を見た。


「……ドワーフのお酒にしては、飲みやすいですね」

「よかったです。膝、大丈夫ですか」


 青年は店先で不意に打ち付けた膝をゆっくりとさすり、ひどく悔しそうに口を尖らせた。


「……本来なら、この程度の傷、一瞬で『自動回復』が発動するはずなんです」


「この店は、強力な結界で守られているんじゃ? だからオートリジェネが発動しない。扉を開けた瞬間、さっきまでの瘴気が嘘みたいに消えた。……ここが、選ばれし者だけが辿り着ける『聖域』だっていう証拠ですよ」


 清水は一定のリズムを崩さず、木目に沿ってカウンターに残る水滴を拭き上げる。

 青年は沈黙し、卓上を滑る清水の手先だけを目で追っていた。


「マスターさんは転生前、何をされていたんですか?」

「……裏の仕事です」

「え、闇ギルドですか……僕は……」


 青年は一瞬、戸惑った顔を見せたが、覗きかけた素顔を慌てて抑え込んだ。

 そして、喉まで出かかった言葉を、無理やり飲み込むように口を閉ざす。


 清水は何も聞かず、すっとカウンターを滑らせるように、青年の前に皿を置いた。

 そこには、カボチャ姿のチョコレートが溢れんばかりに積まれている。

 青年は軽く頭を下げ、一つを摘んで口へ放り込むと、甘さが体に溶けていく。


「僕は転生前……ひきこもりでした……」


 彼は躊躇いながらも、勇者の仮面を外し、呟くように語り始めた。


「僕は、高一で……家から出られなくなりました。人と付き合うことが下手で、なにをしても失敗して、何もする気が起きなくなって。毎日が……速すぎて、僕にはついていけなくて」


 盾の歪んだ輪郭をなぞり、めくれかけたテープの端を指の腹で押し込む。

 剥がれないのを確かめ、安堵したように手を引っ込めた。


「父が病気で亡くなり、母親は持病で働けず、貯金が底をつくと、ひきこもっていられなくなりました。二十年間ひきこもってたヤツに、何かできる訳でもなく、うまく立ち回れるはずもなく、結局は外でも……孤独でした」


 青年はグラスを持ち上げかけたが、指先が躊躇うように止まり、結局は口をつけずに元の位置へ下ろした

 酔いで誤魔化すことをやめ、重い感情をそのまま絞り出す。


「……僕、ずっと思ってたんです。ひきこもりは、孤独でも安全なんだって。ネットして、漫画読んで、好きなことしていても……孤独でした。でも、社会と関わらないその孤独なら、まだ耐えられた」


「けれど外に出ても、結局は孤独でした。誰かといても、人と関わっている実感が湧かない。何もできない自分が嫌いになる」


 青年はずっと俯けていた顔を上げ、何かを振り払うかのように清水を真っ直ぐ凝視した。

 清水は、その視線を受け流すことも、目を逸らすこともせず、ただ次のグラスを磨くためにネル生地を手にした。


「だから僕は……異世界に転生したんです。チートで、どんなことも上手く成し遂げられる」

「こんな装備でも、最強になれるんです」


 その言葉は、誰かに向けたものではなく、震える自分を鼓舞する暗示のように響いた。

 ガムテープで補強され段ボールの剣は、今にも破れそうだったが、何故か眩しく見える。


「……そろそろ、クエストに出かけなきゃ。勇者は忙しいんです」


 青年は、自分を鼓舞するように力強く立ち上がり、この場所に来て初めて笑顔を見せた。

 清水は、彼の背中に目線を合わせ、静かに頷く。


「……マスターさん、次来た時は、僕の仲間になってください」


 首を縦に振った清水を確認した青年は、一礼して扉を開け、出ていく。

 扉が閉まると同時に、外の喧騒が遮断され、店内に静かな空気が舞い戻る。


 バックバーに背中をもたれ、忘れ物の名刺を手に取り、スマホを打つ。


「ひきこもりだった俺が転生したら、実は無双で段ボール装備が最強のチートだった件」

 作者:神無月 鉄平


 青年が去ったあと、段ボールの剣と盾がカウンターの影に立てかけられているのに気づいた。

 清水は、その剣と盾を持ち、身構えてみる。拍子抜けするほど軽かったが、なんだか妙にしっくりくる気がした。


 bar DESCEND(ディセンド)の夜は、今日もひとつ、言葉にならなかった想いを沈めていく。


 ──Tonight’s Tune : Kamasi Washington / Vortex

この物語はフィクションです。

登場する人物・団体・地名・事件・サービス名などは、現実のものとは一切関係ありません。

実在の個人・企業・団体・宗教・NPO・メディア等を批判・肯定・評価する目的で描かれたものではありません。


筆者:蛯永 終 (えびなが おわり)

音楽とお酒、そして「沈黙」を愛する物書きです。

感想やスキ(♡)をいただけると、店の照明が少し明るくなります。


noteでは、作中のジャズに関する情報や物語とリンクしたオリジナルカクテルのレピシなども公開中です。ぜひそちらもご覧ください。

https://note.com/owari_ebinaga


短編小説 bar ディセンド ~沈まる場所~ プレイリスト

■Spotify

https://open.spotify.com/playlist/4R4RSwzqq6m5ug2jCVcj6u?si=l8Gz_nYFT2qIyi-Tlq2Rpg


■Youtube

https://music.youtube.com/playlist?list=PLG61IYnktsjSGSkIzavao5ncwhen83mr9&si=kdO9a4mBjSJXfm_k


【著作権に関する注意事項】

本作品『bar DESCEND』の著作権は、著者えびなが おわりに帰属します。

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著作権法上の「引用」の範囲を超える無断使用が発覚した場合、法的措置を検討する場合がございます。


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©蛯永終

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