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異質な視線

 鏡の前に立つ。

何度見ても、まだ少しだけ現実感が薄い。

でも。


——慣れてきた。


 頬に触れる。

指先に返ってくる柔らかさも、もう驚かない。

代わりに、少しだけ楽しくなっている。


 クローゼットを開ける。無性にワクワクする。

並んでいる服の中から、目に留まったワンピースを引っ張り出す。

淡い色。軽い生地。

前の自分なら、絶対に選ばなかったやつだ。


「……着てみよ」

少しだけ躊躇してから、腕を通す。

布が肌に触れる。

するり、と落ちる感触。

軽い。なのに、ちゃんと身体に沿う。

鏡の前に立つ。


「……え、やっばい」

思わず、声が漏れる。

似合っている。

というか、似合いすぎている。

肩のラインも、胸の膨らみも、腰のくびれも。

全部が自然に馴染んで、“それっぽい”じゃなくて、“ちゃんとそう見える”。

回ってみる。スカートがふわっと広がる。

その動きが、想像以上に気持ちいい。


「これ、最高すぎんだろ……」

思わず笑いがこぼれる。

軽く髪を整える。

前髪を少しだけ流して、横に落とす。

それだけで、印象が変わる。


「……完成じゃん」

小さく呟く。

胸の奥が、じんわり熱い。

これだ。ずっとこれが欲しかった。


 ドアを開けて、外に出る。

空気が少し冷たい。

肌に触れる感覚が、やけに鮮明だった。

歩き出す。最初は、少しだけぎこちない。

でも、すぐに慣れる。

むしろ、最高に楽しい。


 通りを歩く。

人とすれ違う。

そのたびに、視線がかすかに触れる。

一瞬だけ、こっちを見る目。

それが、分かる。

「……」

心臓が、少しだけ速くなる。

見られている。

ちゃんと、意識されている。

それだけで、身体の奥がじんわりと温かくなる。

「……すげえな」

小さく呟く。


 前は、こんなことなかった。

どれだけ頑張っても、“それっぽく”しか見られなかった。

でも今は違う。ただ歩いているだけで、視線が集まる。

それが、分かる。


 コンビニに入り、レジに並ぶ。

前の人が会計をしている間、何気なくスマホを見ていると、

「……」

視線。横から。

ほんの一瞬だけ、隣の人がこっちを見て、すぐに逸らす。

でも、その“一瞬”が妙に長く感じる。

自分の中で、何かがじわっと広がる。

会計の順番が来る。


「いらっしゃいませ」

店員の声。

顔を上げる。

一瞬、目が合う。

ほんの少しだけ、相手の動きが止まる。

「……あ、えっと」

声のトーンが、少しだけ変わる。

さっきより、柔らかい。

「袋、いりますか?」

「あ、はい」

自分の声も、自然に出る。

高い。でも、違和感はもうない。

「ありがとうございました」

さっきより丁寧な声。

なるほど、こういうことか。


 店を出る。外の空気を吸う。

胸の奥が、じんわりと熱いまま残っている。


「……これ」

思わず笑う。

「簡単すぎるだろ」

歩くだけでいい。

ただそこにいるだけでいい。

それだけで、“可愛い”が成立する。

こんなに楽に。

こんなに自然に。

「……まじで最高じゃん」

ぽつりと呟く。


 空を見上げる。

少しだけ、世界が明るく見える。

この身体。この見た目。

全部、ちゃんと機能している。

欲しかったものが、そのまま手に入っている。


——なのに。


 ふと、さっきの視線を思い出す。

コンビニで、隣にいた人の目。

あの、一瞬だけ長かった視線。

「……まあ、いいか」

小さく首を振る。

考えすぎだ。

見られるのは、むしろ嬉しいことだ。

そう思うことにした。


歩き出す。

スカートの裾が、軽く揺れる。

その感覚が、やっぱり気持ちいい。

「……うん」

小さく頷く。

今はまだ、これでいい。


「……これ、最高じゃん」

その言葉だけが、やけに素直に出てきた。


でも。

胸の奥のどこかに、ほんの少しだけ。

言葉にならない違和感が、残っていた。


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