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"それ"の過ち

「——起きてる?」


知らない声で、目が覚めた。

さっきまで鏡の前にいたはずなのに、気づけば真っ白な空間に立っている。

足元も、天井も、境目が分からない。

「……どこだよ、ここ」

声が少し高い。まだ慣れない。


「ごめんねぇ」

軽い調子の声だった。

振り返ると、そこに“それ”っぽい何かがいる。

人の形をしてるのに、顔がぼやけて見えない。


「いや、ごめんね。完全にミス」

「……は?」

言ってる意味が分からない。


「君、本当はそのままの予定だったんだけどさ。ちょっと手違いで」

“それ”は、申し訳なさそうに頭をかく仕草をした。

「身体、間違えちゃった」

一瞬、言葉の意味が入ってこなかった。

「……間違えちゃったって、何を」

「性別」

あまりにも軽く言われて、逆に現実味がなかった。


「本来は男性のまま転生。でも、データが一つズレててね…」

「いやいやいや」

思わず笑いが漏れる。

「そんなことある?」

「あるんだよ、これが」

あっさり肯定される。

「え、戻せないの?」

「戻せない」

即答だった。

間がなさすぎて、逆に納得してしまう。

「……え?」

「もう“確定”しちゃってるから。今の身体が、君の正規状態」

淡々とした声。

ふざけているようで、どこか本気だ。

「じゃあ俺、このまま?」

「うん。このまま」

軽い。あまりにも軽すぎる。

なのに。なぜか、怒りは湧いてこなかった。


頭の中に浮かぶのは、さっき見た鏡の中の自分。

あの顔。あの身体。


——完璧だった。


「……まあ」

小さく息を吐く。

「別に、いいけど」

自分でも驚くくらい、あっさりした言葉が出た。

“それ”が、少しだけ笑う気配を見せる。

「ほんとに?」

「だって」

少しだけ、口元が緩む。

「悪くなかったし」

正直な感想だった。


むしろ。

——嬉しかった。


「そっか」

どこか満足そうな声。

「じゃあ、そのまま楽しんで」

「ん?」

「せっかくなんだからさ。君、そういうの嫌いじゃないでしょ」

言い返そうとして、言葉が止まる。

図星だった。

「……まあ」

「でしょ」

軽く笑われる。

少しだけ、悔しい。


「一応言っとくけど」

“それ”の声が、少しだけ真面目になる。

「その身体、むっちゃ便利だよ」

「便利?」

「うん。色々と」

意味深に言葉を濁す。

「ちゃんと使えば、楽に生きられる」

“使う”。

その言葉が、妙に引っかかった。

でも。

深く考える前に、視界が白く滲む。


「あ、もう時間だ」

「は? ちょっ——」

言いかけた瞬間、足元が崩れた。


 落ちる。何もない空間に、まっすぐ。

最後に聞こえたのは、あの軽い声。


「ま、楽しんでよ」

次に目を開けたとき、またあの部屋に戻っていた。


 鏡の前。

そこには、さっきと同じ“自分”がいる。

可愛い顔。整った身体。

現実。

「……マジか」

小さく呟く。

ゆっくりと、自分の頬に触れる。ちゃんと、温かい。

夢じゃない。


「……いいじゃん」

ぽつりと、言葉が落ちた。

さっきまであった違和感は、まだ消えていない。

でも。それ以上に。

少しだけ、期待が勝っていた。

鏡の中の自分に向かって、小さく笑う。


「どうせなら」

軽く肩をすくめる。

「楽しんだ方がいいよね」


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