第91話 帰郷前の小事件
「ガゼムさん、でもわたしこれ持つのこわいよ?」
薄々自覚し始めてる、この衝動。
前世から持っていたものなのか、現世のこの身体特有のものなのか。
切れ味に魅せられるなんて。
包丁だけなら良かったのに。
「心配すんな嬢ちゃん。嬢ちゃんは我を忘れるなんてこたぁないぜ。震えてたろ?ありゃあな、武者震いじゃなくて、恐怖さ。
ちゃんと怖いって思えるやつは変なことにはならねぇよ」
そうかなぁ……
でも、頭をポンポンするガゼムさんに、少し安心する。
「ありがと、ガゼムさん。それと、これ手入れお願いしてもいい?素人なりに手入れしてたんだけど」
南泉一文字をガゼムさんに預ける。
たまにはちゃんと手入れしてもらわないとね。
そう思ったら、やっぱり加州清光を持っておかないと丸腰になってしまう。
怖い。自分の衝動が。
でも、故郷の村にいくなら、武器がいる。
今さら木刀というのも違う気がするし。
その考えが既に刀に魅入られているのかもしれないけど。
お爺さんがそっと、加州清光を差し出してくる。
お爺さんとガゼムさんが丹精込めて作ってくれた一振り。
断ることはできない。
受け取り、腰に差す。
私の今の身長は前世尺度でたぶん150cmくらい。早い成長期なのか同年代では高いほう。
だから、抜けないことはない。
もう一度、立っている薪に向かい合う。
刀を抜く。抜いた動きのまま振り上げる。
斜めに斬られた断面。その少し下。
断面に沿うように袈裟斬り。
薄く削がれた薪の断面が風に舞う。
ヒラヒラと。
納刀。うん、ちゃんと納刀できる。
自分の意思で。
宙を舞う薄く削がれた薪の切り屑を指で摘む。
「ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」
今の体格じゃ、二本差して歩くのは無理だから、TPOに応じて差し替えだね。
TPOに応じて刀選ぶって、どこのマナー講師も教えられないだろうな。江戸時代じゃあるまいし。
そんな事を考えながら、領主邸の中を移動してたら、クラリッサ様がションボリしてるのが見えた。無表情だけど。
この日はひたすら相手して差し上げた。
翌日は、カンギルの街を歩き回ることができた。
もちろん、アマテラスも一緒。
在学中のアマテラスのお肉代で、ヘソクリはスッカラカンになったけど、領主様が、クリストフの従者を務めた給金といって、まとまったお金をくれた。ほとんど従者らしいことしてないけどね。
念願の買い食いだ!
あっちこっちの屋台を見て回る。
珍しいものばかり。
前世の定番の焼きそばとか、たこ焼きとか、ベビーカステラとかは見つからない。
わけのわからない肉を焼いた串とか、果物をカットしただけのとかが大半を占めている。
ファーストフード的な文化はまだ発展してないようだ。
幾つか肉の串を買ってみたが、野性味溢れる肉に少し岩塩を振りかけた味付け。
途中で飽きて、護衛としてついてきているロリアンさんにあげた。アマテラスにはあげられないからね。
ロリアンさんももう食べ切れなくて両手に抱えている。
護衛じゃなくて荷物持ちだね、ごめん。
そんな中、視界に飛び込んでくるものがあった。
というより、走馬灯が反応した。
一人の少女。
身なりからすると、薄汚れているが物乞いという感じではない。
道行く人に弱々しく声をかけている。
通りがかった者が、邪魔だと言わんばかりに突き飛ばしたのだ。
身体が動いた。
どうかしようとも、どうにかできるとも思ったわけじゃない。
「あなた、大丈夫?」
駆け寄って倒れたままの女の子に声をかける。
たぶんわたしよりも歳下。8歳くらいだろうか。
何か咆哮のような返事。
彼女のお腹から。
大丈夫じゃないね、とりあえず何か食べてもらおう。幸い食べ物は、ロリアンさんに持たせてる。
食べ残しだけど。




