第80話 This is not a drill!
禍福は糾える縄の如し、
人間万事塞翁が馬、
猫も歩けばファングボアを連れてくる!
やめてよ、アマテラス。
こんな大勢を巻き込むなんてさ!
ファングボアの後ろから慌てて駆け戻ってくる教官。
これはいけない。
農家出身の子は、わかりやすく怯えている。知っているのだろう、ファングボアの脅威を。
そうでない子はやる気満々だ。過剰な自信が、判断力をぼやかしてしまっている。
「皆、ダメ!あれは刃が通らない!凄腕ハンターでも苦労するやつ!教官に任せて、みんな逃げる!」
駄目だ、これでは興奮している皆の耳に届かない。どうする……、すぐ来ちゃう!
……、っく!南無三!
「キィエェーイ!!」
猿叫。
なんでもないときなら、何の意味もない奇声だ。
でも、今、この場で、皆の耳に届いて注意を引きつけることはできた。
「あれはダメ!横に避けて、逃げて!」
一斉に横に跳んで避けていく。
避けず、無謀に攻撃してあっさり弾かれ飛ばされる生徒もいた。
ファングボアの先には魔法組、その前にゴリラ。
ゴリラが剣を振り上げ、怒鳴る。
「この先はいかせん!!チェストゥッ!」
お前もか!ゴリラ!
振り下ろした剣がファングボアの胴体を真っ二つにする。さすが、ゴリラの力は人の10倍以上!これで、あと四匹。
続けて、三人の教官を含む魔法組が一斉に魔法を放つ。
轟音とともに視界が灰色に覆われる。
二匹が足を取られ、転倒するのが確認できた。
ひとまず脅威にならない。じきに教官が仕留めるだろう。
あと二匹。
土煙を抜けて二匹が突っ込んでくる。
その進行方向には、レイティシアちゃんとマリーちゃん!
固まるタカラジェンヌ!
……させぬわっ!
お願い!南泉一文字!
間に入り、すれ違いざまに南泉一文字を首に振り上げる。動脈が切れればいいと思っていたが、首を切り落とした。ほんとに何これ?!日本刀ってみんなこんな?!
残り一匹。
わたしの正面。避けるとレイティシアちゃん達に突っ込んでしまう。
走馬灯が回る。
刀を振り上げた姿勢。
思考の奔流。
一瞬の判断。
ファングボアは倒しても、魔石にはならない。
魔獣ではなく獣だから。
このまま頭に振り下ろして、倒したとしても、わたしは巻き込まれる。あの巨体に。
避ければ、確実にレイティシアちゃん達に突っ込む。
走馬灯状態とはいえ時間が止まるわけじゃない。
迷うだけ、取れる手段はなくなる。
……ちゃんと治してよね!ライニール様!!
刀を振り下ろす。
振り下ろす軌道は間違ってない。
ぶつかる瞬間が怖くて目を閉じる。
どこかで、わたしの名前を呼ぶ声。
あるかなしかの刀が何かを斬る感触。
振り下ろしきった。
身体中に力を込めて衝突に備える。
轟音。
でも、衝撃がこない。
目を開けるのが怖い。
身体が、痛みを感じない程の状態になってしまっているのではないかと思って。
でも、南泉一文字を持つ感覚がある。
たぶん、少なくとも、まだ生きてる。
恐る恐る目を開ける。
そこには、さっきまでは無かった灰色の石壁。
南泉一文字を振ったその軌跡に沿って亀裂、いや切れ目が走っている。
その壁の切れ目の隙間から、頭をきり裂かれ、石壁に衝突し絶命しているファングボアが見える。
振り返ると、魔法を放ったらしき姿勢のマリーちゃん。
わたしは膝から崩れ落ちるようにへたり込む。
目から涙が溢れる。
身体が震える。
頬を伝い、流れ落ちる涙が、地面に染みを作っていく。
「……あ、あでぃがど……までぃー……」
怖かったよぉぉぉ!!!




