第136話 諜報の陰
王都からカンギルまでは3日、そしてカンギルからローゼリア側の国境の街ザザまでは、5日の道程になる。
途中、小さな街を経由しながらの旅。
当然、100人もの兵士が泊まれるような宿は小さな街にはないから、兵士達は野営をしながらとなる。
悪いね、わたし達は宿に泊まらせてもらうよ。
これでも、王女様の付き人だからね!
「私も野営で構わないわよ?」
レイティシアちゃん、構って?
一応宿があるのに野営を所望する王女ってなかなかレアよ?きっと。
まあ、そんなところも人気がある理由なんだろうな。
一人ワクワクしているレイティシアちゃんを、マリーちゃんとタルおばちゃまとで宿に押し込んでいると、宿の者らしい、老人がやって来た。
「ほっほ、愉快なお嬢様であらせられますなぁ…」
白髪痩身のその老人は、曲げた背を労りながらわたしに話しかけてくる。
「皆様、お疲れでしょうから、ゆっくりと身体を休めて下さいませ。この宿には湯もありますからのぅ…」
うん、知ってる。
何回かここ、使ってるからね。
シーナさんが嬉しそうに、宿に入っていった。後で湯に入る順番を決めなきゃね。タルおばちゃまがもう仕切ってるかもだけど。
でも、その前に。
このお爺さんは見たことない。
背を曲げてるけど、伸ばすと結構長身かもしれない。
そして、服に隠れて見えないけど、筋肉の動き方、バランスがいい。老人のそれではない。
警戒心で走馬灯が早まる。
伝わる感情。視界のノイズ。
これ、覚えがある。
「お久しぶりですね、アウレリア様。見違えました」
老人の姿をしたアウレリア様が驚いたように目を見開く。
「凄いね、ルナさん。こんなに早く見破られるとは思わなかった。やっぱり諜報に向いてるよ。護衛騎士じゃなくて、こっちにこない?裏から守る立場の方が、何かと便利だよ?」
凄いのは貴方の方だよ、アウレリア様。
あのポッチャリさんが、ここまで痩せるもんかね?それに、匂いも老人そのものだ。
「諜報で裏方にまわると、マリーちゃんとキャッキャッできないじゃないですか。お断りです」
アウレリア様は、よっこいせっ、と声に出しながら、傍らにあった岩に腰かける。
「それは残念。……さて、久々に会ったところで、親交を深めたいところだけど、必要なことを伝えておくよ」
そう言うと、キセルを取り出し、煙草を燻らせながらボソボソとわたしにだけ聞こえるように話し始めた。
「ベルカイト王はもうあまり長くなさそうだ。婚礼の儀まで保つかどうかも、怪しい。それから、ベルカイト入りする人員の情報をフェンドールが気にしていたと知らせが入っている」
なんだか、一気に不穏になったじゃないか!
さっきまで、レイティシアちゃんで和んでたのに!
「王太子は決まってるんですか?」
煙が辺りに滞留する。
「いや、まだ決められていないようだよ。決まってない状態で、ベルカイト王が崩御すると……」
まったく、早く決めなさいよ……。何躊躇してんのよ、ベルカイト王は!
「第一王子と、第三王子とで、争うわけですね、まったく迷惑な……」
風が吹いて煙が飛ばされていく。
「諜報では、取りにくい情報もある。何か情勢がわかったら、潜んでる諜報員に伝えてほしい。君ならわかるだろう?私を見破ったくらいだから」
無茶言わないでよ……。
今までだってわかんなかったのに。
「わかんないですよ!何か印とかないんですか?それに何でわたし?タルさんとかでもいいんじゃないですか?」
「君の方が、感情の機微に鋭い。私がそう判断したんだ。印か……、君が諜報員かと思った相手に、君のそのバングルを撫でるところを見せてくれ。そしたら、側に寄るように伝えておく」
そこまで言ったところで、アウレリア様が腰を上げる。動作だけ見てると老人そのものだ。
「それじゃあ、お嬢さん、お話に付き合ってくれてありがとうねぇ。ゆっくりとおやすみなさい」
また老人となって、姿を消した。
まったく……次はどんな格好になっていることやら。驚かせないでよね!
心の中で愚痴をいいながら、宿に入っていった。




