第129話 ノイズの正体
動きを止める景色。
静寂ではない無音。
身体の動きが、重く、正確になる。
足音を立てないように駆ける。
視界にノイズ、角の向こうに人がいる。
そう、ノイズは人がいると視界に混じってくる。人が多ければ多い程、酷くなる。
姿が見えなくても、物音がしなくても、人の存在が、このノイズでわかってしまうことに、最近気づいた。
わたし、ニュータイプなのかな?
たいして役に立たないけど。
角ですれ違い間際に、身体を反らして視界に捉えられないようにすれ違う。
一人が相手で、こういうすれ違う場面なら、なんてことはない。
視界をノイズが舞う。
行先に、同じ方向へ歩いている侍女が4人。
足音を消したまま、一気に近づく。
あと数歩で追いつく位置で、ポケットから鉄貨を取り出し、一番左の人の足元に放り投げる。
石の床に跳ねる鉄貨。
高い金属音に、4人の侍女が一斉に左を向く。
その視界から逃れるように、わたしは右から追い抜いた。
もう、まもなく食堂。
角を曲がって、侍女達が見えなくなる。走馬灯はもう弱めても大丈夫そうだ。よし、もう目の前。
食堂に入った。
ミッションコンプリートだ!
「あっ!あの!ルナアスカ様ですよね!昼食ですか?ご一緒させていただいても、よろしいでしょうか!」
…あれ?
人がいっぱいいるよ?
再び加速する走馬灯。そしてノイズ。
この時間、結構いるんだね……。
いつも遅い時間に来てたから、知らなかった。
鉄貨1枚損したなぁ……。
「あまり、時間、ないの、で、すぐ、離れる、でも、よけ、れば」
結局、5人くらいの侍女さん達に囲まれて食事をすることになった。遠巻きにはもっといる。
ちゃんと会話が成立してたかは、わかんないけど、なんだか、わたしは注目されてるらしい。
まあ、その、近衛礼装姿が、彼女達のスイッチを押してしまったようだ。
もちろん今は着てない。
あくまで礼装だからね。トマトモドキソースを使った料理もでるのに、怖くて着てらんないよ。前世じゃ白い服着てる時に限ってカレーうどん跳ねさせてたのだから。
今は普通の騎士服姿なのに、よくわかるもんだね。恐るべし、侍女の観察力……。
まあ、向けられる感情は概ね好意的だから、気は少し楽。
少しだけ情欲混じりだけど、ここにいる人達からは、嫉妬とか憎しみみたいなマイナスの感情が感じられなくて、警戒とか、自己防衛とか考えずにすんでいい。
……ん?なんで感情、わかるんだ?
表情から読み取っているだけじゃない。顔を向けてない人からも感じてるから。
走馬灯が早まる。
視界がノイズに埋め尽くされていく。
いけない。見えない、動けなくなる。
視界が乱れ、荒れ狂い、灰色に染まった時、何かがわたしの脳に触れた気がした。
音のないわたしの世界で、どこかで猫の声がした。
呼吸が…できた。
ゆっくりと大きく深呼吸。
アマテラスは側には見えない。そっと左腕、手首に着けているあるバングルに触れる。
アマテラスとお揃いの意匠。
落ち着いた。
「あ、すいません、もう戻らなきゃいけない時間なので、これで失礼しますね」
不自然にならない様に、声をかけ、頭を下げる。
食べ終わった食器を返し、厨房に御礼をいって、食堂を後にした。
レイティシアちゃんの部屋へ戻る最中、わたしはさっきまでの事を思い返す。
走馬灯視界がノイズに埋め尽くされて、何も見えなくなった時に、『見えた』もの。
あれは、なんなのか。
人がいると走るノイズ、視界の外の覚知、視覚以外で伝わる感情、人の数、走馬灯の早さに応じて増えるノイズ……。
これは異常なのか、進化なのか。
「これは、もう、なんとかしないとだね。有識者に聞くしかないか」
こんなこと、聞いて答えをくれそうな相手は一人しか知らない。
魔法使いの祖、全ての魔法の担い手。
ダイア・セイクムしか。
「勧んで会いたくはないのだけど、そもそも会えるのかな……」
途方に暮れながら、レイティシアちゃんの部屋の扉を叩いた。




