第126話 スパイ・ワルツ
背筋が凍る。
いつの間にか、そんな陰謀の中心にいたなんて。
ホラ話とは言い切れない。
あり得る話として、聞けてしまう。
巧妙なのは、第一王子が暗殺を企てる動機も説明できてしまうのだ。
レイティシアちゃんとの婚儀がまとまれば、相対的にエルディーン王子の立場が上がるのだ。それを厭うというのは、考えられなくもないのだ。
「二曲連続で踊るという意味をご存知で?アウレリア様?」
一応ね、釘を刺しておかなきゃいけない。
二曲連続でダンスパートナーとなるのは、『親密の証』なのだ。
アウレリア様は、ニヤリと不適に笑う。
やっぱりわたしはまだ、手の内にいるのだ。
「ヒノモト卿、ダンスの御教示、真に感謝いたします。とはいえ、このような身ゆえ、他に手を取ってくれる姫君がいないのです。御慈悲に、もう一曲だけ、お願いできますか?」
なんとまあ、この方は……。
嘘を嘘と思わせない言動、そして態度、雰囲気、見た目…。
本当のスパイとはこういう人を指すのだろう。
「仕方ありませんね。もう一曲だけ、お付き合いいたしましょう」
これで完全に周囲の視線から外れるわけだ。
ちらりと様子を伺うと、ほんの瞬間、凄みのある笑顔を見せた。
「本当に……、クリスには勿体ないレディですね。ヒノモト卿、では、続きといきましょう」
先程とはうってかわった、スムーズなリード。
踊れないはずのわたしがステップを踏み、くるくると、円を描く。
「さて、ベルカイト王の病の発覚から始まる、ここ数年の不審な出来事は全て、第三王子の企てというのは、諜報、それからローゼリアの上層部の中では確定事項と見做しています。それを前提に、ここからは、多分に推測を含みますよ」
確定事項なんだ!!
だから、暗殺未遂事件は表に出てこなかったわけだ。はじめは王国として恥になるからと思ってたけど、それどころではない、国際情勢のバランス感覚だったわけだ。
「第三王子としては、第一王子を失脚させられれば、暗殺が成功しても失敗してもよかった。だが、我が国は第一王子に対する容疑を黙殺した。そうすると、目論見が外れ、暗殺が失敗したことが気に食わないと感じるのではないか。では、その矛先はどこへいくと思う?」
それはもう、予想の範囲内だ。
わたしが動かなければ、少なくともナーキアル陛下の背中に矢が突き刺さっていたのだから。
「暗殺を阻止した、わたし、ですね……」
緩やかに三拍子を刻みながら、アウレリア様が頷く。踊りながらの情報交換。
まるで、スパイ映画みたいだ。
「その通り。あの茶会の出席者、年齢、そして今回の叙爵。最悪、名前まで情報が漏れてるとしてもおかしくはない。あの時期にはもう、ベルカイト王は病を得ていたからね。向こうの諜報がウロウロしていたことにも符合する」
改名には、そういった事情もあった上でのことかもしれない。色んな理屈が噛み合った上での決定だったのかもしれない。
「それから、フェンドール」
息が詰まる。
心臓が止まりそう。
身体の動きが止まる。
それを感じて、手を離して、わたしの周りをくるっと回るアウレリア様。
めっちゃ優雅に踊るじゃないか、アウレリア様。
「あれは、決まった主を決めない。ただ、自分に相応しい相手が敵になるように、自分の立ち位置を決める」
それは理解できる。
あれは、バトルジャンキーだ。
王族への不敬も、非礼も関係なく、自分の武を示す機会を掴もうとする。
「これまでは、やつの興味は隣国メルナダの将軍にあったようだが、ごく最近、興味の先が変わったかもしれない」
わたしは、この三拍子を、正しく刻めてるのか。
6/8拍子、いや、もっと細かい。
一拍目の、踏み込みが、重い。
「ベルカイトの武の動向は、今やフェンドールで決まりかねない情勢。現王が崩御すればなおのこと、な?」
空気が重い。
粘性を持っているかのように。
音が形を失って、身体に纏わりつく。
「この前の茶会での一件、聞いている。フェンドールは君に関心を持った。君を敵とするために、フェンドールは第三王子側につく可能性がでてきた。そうなれば、情勢が君の動向次第でどうとでもで動く。だから、ルナ。君には伝えておかなければならないと思ったんだ」
曲が止まる。
思わず、ボウ・アンド・スクレープ。
アウレリア様は、カーテシー。
真実味をもった世界情勢予測が、
わたしの未来に起きうることの予測が、
頭の中に叩き込まれた。




