第98話 悪役貴族、交渉する ①
「いいわよ」
事情を説明した直後。
リサの口から放たれたのは、あまりにもあっさりした承諾であった。
あっさりしすぎていて、聞き間違えかと疑ったほどだ。
「えっと……」
マルスは思わずブリジットと顔を見合わせた。
強い拒絶を覚悟していた身として、拍子抜けもいいところだった。
(まさかオッケーしてくれるなんてな。めちゃラッキーじゃん!)
内心でガッツポーズを決めつつ、それを悟られないよう、あくまで驚いたふりをしてみせる。
「マジ?」
「ええ」
「いやぁ、でも。ホントに? ガチで?」
再三の確認に、リサはすこしむっとした。
「そうだって言ってるじゃない。なによ、そっちが言い出したんでしょう?」
「そうだけど。でも、血を抜くんだぞ?」
「だから、いいって言ってるじゃない」
リサは寝台の上で上体を起こしたまま、真面目な顔つきでマルスを見返している。
冗談を言っているようには見えない。
「リサ。本当に話を理解しているか?」
「はい、お姉様」
ブリジットも呆気に取られていた。
「頼んでおいてなんだが、もっと渋ると思っていたのだ。血を薬と見なすのは、異端にも等しい行為であろう?」
「そう、ですね……」
リサは自らの肘を抱え、視線を落とした。少なくとも、採血することに対してなんとも思っていないわけではないようだ。
「その、さ」
マルスは慎重に口を挟む。
「ほんとにいいの? 無理してない?」
「無理、してるわ。当然でしょ」
「え」
「血を抜くなんて、怖いもの。気持ち悪いし、やりたいわけないじゃない」
「だったら、なんで?」
答えはすぐに帰ってこない。
ひとときの間を置いて、リサは笑い交じりに吐き捨てた。
「……リサは、役立たずだから」
マルスは一瞬、返す言葉を失った。
「ちょっと待って。誰がそんなこと言った? 配信のコメントを気にしてるなら――」
「そんなんじゃない」
リサは小さく首を振る。
「何もできなかった」
ブリジットが何か言おうとする。
だがリサは、その言葉を待たずに続けた。
「お姉様の言うことには従わない。協調性もない。態度も悪い。ダンジョンでも結局、足を引っ張っただけ」
自嘲するリサの瞳が、じわりと潤んでいく。
震える口を噤み、シーツを握り締める。
「……ごめんなさい」
消え入りそうな声。
リサは自分の感情を押さえきれずに、それでも必死に取り繕おうとしている。
「偉そうなことばっかり言って……そのくせ弱くて、守られて、庇われて。お姉様に頭まで下げさせて……っ」
ひっくり返りそうな声で、リサは言葉を絞り出す。
「役立たずじゃないなら、なんなのよ」
天幕の中がしんと静まり返る。
どこから否定すべきか、マルスにはわからなかった。




