第99話 悪役貴族、交渉する ②
「そんなことない」と口にするのは簡単だ。けれど、今のリサにはきっと届かない。
思い詰め、自分を責めて、だからこそ自身の価値を証明したいと願っている。
あっさり承諾したのは、ある意味で自棄になっていたからかもしれない。
(めちゃラッキーだって? 大馬鹿か、俺は)
リサの承諾を喜んださっきの自分をぶん殴りたい。
ここで安易に話を進めれば、彼女は「自分は傷ついて当然だ」と思ったまま血を差し出すことになる。
それは違う。絶対に。
(好きなキャラじゃないからって、蔑ろにしていいわけあるか。いま目の前で苦しんでるのは、血の通った一人の女の子だろ)
マルスは拳を握り締め、額を押さえる。
こういうのは苦手だ。誰かの繊細な感情を丁寧に解きほぐすなんて、配信コメントを拾うのとは勝手が違う。
けれど、だからって目を逸らすわけにはいかなかった。
「リサ」
「……なに」
顔は上がらない。
涙を見られたくないのだろう。声だけが、かすかに尖っていた。
「役に立ちたいって気持ちはすごくわかる。でも、それを理由に自分を雑に扱うのは違うよ」
ぴくり、と小さな肩が揺れる。
「俺もブリジットも、役立たずだから血を出せって言ってるんじゃない」
マルスははっきりと言った。
「今この状況で、リサにしかできないことがあるんだよ」
俯いたままのリサの睫毛が、ぴくりと揺れた。
「あんたの慰めなんていらない」
マルスは肩をすくめる。
「あのな。俺は別に、お前を元気づけるために血をくれって言ってるわけじゃない。スージーの病気を治せるかもしれないから頼んでる」
「だから、いいって言ってるでしょ……! 血でもなんでも、採ればいいじゃない!」
「その自罰的な態度をやめろって言ってんだ」
マルスにだってわかっている。
このままリサから血を抜けばスムーズに事が運ぶ。それで黄金病が治れば、当初の目的は達成。企画は大成功だ。
だが、そうなればきっと、リサの心に癒えない傷を残す。
(リサ闇落ちルートは勘弁だぞ。あれはかなりの胸糞展開だった)
マルスは『聖愛のレガリア』のシナリオを思い出す。
ゲーム本編において、リサの行く末は大きく二つに分けられる。
ブリジットを喪った後、希望を託されて覚醒するか、無力感に打ちのめされて闇落ちするか。
前者ではティアナの心強い仲間として活躍する。だが、後者のルートはあまりにも救いがなかった。
ブリジットの仇を討つために忌避していた異端の力を求め、異端者に身を売り、仲間を手にかけ、攻略対象の一人を惨殺する。
ティアナに敗れた後、傷ついた彼女は異端者達に三日三晩凌辱され、失意の中で息絶える。その描写の生々しさたるや、思い出しただけで吐き気がするほどだ。
(ああいうのを好む変態も少なくなかったけど、俺は断じてごめんだね)
リサの態度が気に入らないのは確かだ。けれど、できることならゲームのキャラ達には幸せになってもらいたい。
それが『聖愛のレガリア』の一ファンである〝俺〟の悲願であり、幻のトゥルーエンドを追求するやり込み勢の夢であった。
(だから、こんなところで腐らせてたまるかってんだ)
こつこつ。拳で額を打つマルス。
ブリジットは何かを言いたげにしていたが、彼が言葉を吟味しているのを察して口を閉じる。
やがて、マルスがわざとらしく溜息を吐いた。
「めんどくせぇな」




