第100話 悪役貴族、激励する ①
この場において不自然なほど自然な声音だったせいで、リサは思わず顔を上げた。
涙で濡れた睫毛の隙間から、信じられないものを見るようにマルスを睨む。
「……なんですって?」
「だってそうだろ。なんでお前、自分をけなす方向にしか話を持っていけないんだ。発想が貧乏くさい」
「び、貧乏くさいってなによっ」
泣き顔のまま反論しかけて、リサは言葉に詰まる。
「役立たずだから血を捧げまーす。自分にはそれくらいしか価値がありませーん、ってか? そういう安っぽい悲劇のヒロインみたいなの、趣味じゃないんだよね」
リサはかあっと顔を赤くするが、マルスはそれに構わず続けた。
「自分で自分の値段を下げてんなよ。聞いてて腹が立つ」
強い言葉。
だが決して突き放す響きではなかった。
「いいか、リサ。お前にやってもらいたいのは、埋め合わせでも、ましてや罰ゲームでもない。お前にしか務まらない役目なんだよ」
「そんなの……リサが弱くて、ラストエリクサーを飲むしかなくて、それでたまたまヴァーミリオンの人間だっただけで――」
「たまたまで役に立てるなら、それはもう立派な才能だろ」
「でもっ。それじゃ結局、リサが血筋以外取り柄のない無能ってことでしょ……っ」
「勘違いすんな」
マルスはぴしゃりと言い切る。
「人の価値ってのは、やりたい事が出来るかどうかで決まるんじゃない。やるべき事を、やるべき時にやれるかどうかで決まるんだ」
それから、すこしだけ語気を柔らかくして。
「ちょうど今、そのやるべき時が来たってわけ。主役に抜擢されたんだよ、お前は」
ぽかん、と。リサは泣くのも忘れて彼を見上げた。
主役。
それが、あまりにも自分に似つかわしくない響きだったから。
「だから、選べ。自分の意志でな」
リサは震える指でシーツを握り締める。
罰として血を差し出すのか。
使命と見て与えるのか。
同じ行為でも、意味がまるで違う。
視界はまだ滲んでいる。それでも、息苦しさは次第にほぐれていく。
「そんな言い方、ずるい」
「別に断ったっていい。本当に無理ってんなら、別の手を考える」
「他に方法があるの?」
「わかんね。あるかもしれないし、ないかもしれない」
「時間がないって言ってたくせに」
「だな。実は焦ってる。お前に断れたらどうしようってな」
それでも、強要はしない。
劣等感や罪悪感に乗っかるようなことはしない。
それがリサには不思議だった。
(何を企んでいるのかしら)
そう思ってしまう自分が情けない。
助けられておいて。配慮されておいて。
リサは胸元に手を当てる。傷はもうない。けれど、騎士に斬られた感触は消えていなかった。
痛みというより、喪失感に近い。肉を抉り取られ、自分の存在を奪われるような感覚。
(ラストエリクサーがなかったら死んでいたって、お姉様が言ってた。仮に生き残れたとしても、今までどおりはいられなかったって)
リサは改めて、ラストエリクサーの奇跡的な効能を実感する。
いま自分が生かされていることに、何か意味があるのだと信じたくなる。




