第96話 悪役貴族、考察する ①
「……血?」
「うん」
「待て」
目に見えて狼狽するブリジット。
「それはどういう意味だ」
「そのまんまだけど」
伝令の騎士が、腰の剣に手をかける。
「貴様、やはり異端魔術を――」
「やめろ」
ブリジットが制すと、騎士は躊躇いがちに柄から手を離す。
「紋章の件を知っている者は?」
「は。私と、分隊員のみです」
「よろしい。指示があるまでは口外せぬよう徹底せよ」
「了解しました」
「リサの血の件もだ。わかったら下がれ」
「……は」
敬礼を残し、騎士は再び野営地の中心へと戻っていく。
マルスはやれやれと息を吐いた。
「ちょっと血を採るだけで異端扱いか」
俺なんて毎年献血に行ってたぞ、とひとりごちる。
「マルス。おそらく悪気なく言っているのだろうが……その物言いは軽率が過ぎる」
ブリジットは腰に手を当て、鋭い視線をマルスへ向ける。
「そなたのことだ。なにか理由があるのだろう? だが、納得できる説明でなければ、たとえそなたでも承服しかねる」
レガリア教において、血はただの体液ではない。
血には魔力が宿る。人が人として生まれ持つ力の源であり、先祖から代々受け継ぐものだ。ゆえに血を流すということは、ただ傷つく以上の意味を持つ。
特に貴族の血脈は、強い魔力を宿すがゆえに神聖視すらされる。欲しいと言って手に入るものではない。
この世界の設定を思い出し、マルスは頬をかいた。
「ごめん。すこし舞い上がってたみたいだ。けど軽い気持ちで言ってるわけじゃない。俺の推測が正しかったら……スージーの黄金病を治せる」
ブリジットの目つきが一段と鋭くなる。
「聞かせてくれ」
「時間が惜しい。歩きながら話す」
そう言うと、マルスはすぐに歩き出した。
「結論から言うと、黄金病治療の霊薬は、リサの血だ」
すぐ横へ並んだブリジットが眉をひそめる。
「ラストエリクサーとやらではなかったのか?」
「ちがう。あれはものすごく効き目のいいポーションみたいなもんだからね。普通の怪我とか病気には効くけど、黄金病には効かない」
「なぜそう言い切れる?」
「それは秘密」
ラストエリクサーで治るのは、ゲームシステムで状態異常として扱われた症状だけ。
(黄金病に効果がないことは、ゲーム内テキストからも明らかだったし。この世界でも昔から不治の病とされてるなら、たぶん効果はない)
なぜなら、ラストエリクサーは現代でこそ超希少品だが、古代においては上流階級の常用品であったからだ。
そんな薬で治るくらいなら、最初から不治の病などと語り継がれていないだろう。




