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第91話 悪役貴族、選択を迫られる ②

 黄金の布に包まれるようにして、一つの小瓶が収められていた。

 中で揺れている液体は、透き通った黄金色。だがただの金ではない。光の角度によって、白にも、薄緑にも、わずかに虹にも見える。不自然なほど清らかで、不自然なほど神々しい。

 瓶の栓には古代語の紋様が焼き込まれ、その周囲には封印めいた金糸が巻かれていた。


「ラストエリクサー」


 ゲーム『聖愛のレガリア』でも、一周で一本手に入るかどうかの超レアアイテム。

 死亡してさえいなければ、あらゆる状態異常とダメージをまとめて回復し、永続バフまで与える。まさに切り札。


「霊薬、なのか?」


 ブリジットが縋るように聞く。

 小瓶を掴み取ったマルスは、眉を寄せたまま振り返った。


「まぁ、霊薬っちゃ霊薬だね。超大当たりの回復薬だから」


 それを聞いた瞬間、ブリジットの表情に希望が差した。

 ぎりぎり繋がっていたものが、ようやく切れずに済んだような顔だった。

 だが、その顔はすぐに曇る。


《助かるなら早く飲ませてあげてー》

《いや、でも黄金病を治すための薬なんだろ?》

《それな。ここでその子に使ったら本末転倒やないか》


 フォローカムが、リサの蒼白な顔と、マルスの手の中の小瓶を交互に映す。

 あまりにも残酷な天秤。


「マルス」


 ブリジットは縋るように膝をつき、マルスを見上げた。


「その薬を……」


 ごん、と額が床を打つ音が響いた。

 聖国一の騎士と謳われたブリジットが、両手と額をついてひれ伏している。


「頼む……! その薬を、リサに使ってほしい」


 声が震えている。

 普段の凛々しさはどこにもない。あるのは、ただひたすら切実な祈りだけだった。

 彼女は騎士団長だ。守るべきものの優先順位を理解している。務めを果たすために非情にならねばならない場面も、幾度となく経験してきた。


 だが、いま彼女の腕の中には、血を流して死にかけている従妹がいる。

 幼いころから慕われ、自分に憧れて従騎士にまでなった大切な従妹が、この手の中で永遠の眠りにつこうとしている。


「スージーのことは承知している。ここまで来たのはあの子を助けるためだ。それを……今さら、目的を違えるような真似を頼むなど、厚顔にもほどがある……!」


 ひれ伏したまま、ブリジットは続ける。


「だが、恥を忍んで頼む……っ。この子はまだ死なせられぬ。こんなところで死なせるわけにはいかぬのだっ。どうか……どうかっ!」


 その必死さに、コメント欄の動きが一変する。


《だんちょー。それはあかんやろ……》

《いやまぁ、気持ちはわかるけどさぁ。流石に虫が良すぎるわ》

《これ、マルスに決めさせるの酷すぎない?》


 正直なところ、マルスはかなり面食らっていた。

 ブリジットは実直で仲間思いのキャラだ。だが同時に、騎士団長としての矜持と冷徹さも持ち合わせている。ここまで感情的に、土下座までして懇願する様は、作中の勇姿からは想像もできない。


(解釈不一致とまでは言わないけど。推しのこんな姿を見るのは心が痛む。いや、待てよ? 新たな一面を知れて喜ぶべきなのか?)


 リサの掠れた呼吸音が聞こえる。革鎧の裂け目から覗く傷。血で汚れた床。浅い呼吸。もう猶予はない。

 そして脳裏にはスージーの姿も浮かんでいた。黄金病に侵されながらも、気丈に振る舞う少女の笑顔。


 これがゲームのイベントなら、軽い気持ちで選べるのだろう。とりあえず直感で決めて、やり直した時に別の選択肢を選んでみよう、と。

 でも、これはあくまで現実だ。選択は一度きり。

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― 新着の感想 ―
ほんま、この団長、公私混同が凄まじいよな それでマルスが救われてるから文句言えないけど
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